DIALOG 日本の未来を語ろう :朝日新聞デジタル

忘れられた層にアイデンティティーを提供したい
安田クリスチーナさん

Written by ジュレットカミラン with 朝日新聞DIALOG編集部

「2030年の未来を考える」をコンセプトとしたプロジェクト、朝日新聞DIALOGは、若きソーシャルイノベーターに注目しています。今回登場する安田クリスチーナさん(23)は、日本人の父と旧ソ連出身の母のもと、ロシア・サンクトペテルブルクで生まれ、札幌で育ちました。パリ政治学院在学中の2016年に、個人がオンラインで尊重される社会づくりを目指すアメリカのNGO「InternetBar.org」ディレクターに就任。現在は米マイクロソフト社で働く傍ら、デジタル技術を活用した途上国・難民支援のプロジェクトも進めています。

途上国支援の鍵はアイデンティティー問題の解決

Q: 学生時代から途上国支援に取り組んできたそうですね。

A: 大学生の時は、途上国支援の観点から気候変動問題に取り組みました。気候変動の影響はどの国も受けますが、アメリカや日本のような裕福な国はその経済力で解決法を見いだせるかもしれません。しかし、途上国が自力で解決するのは困難です。貧しい途上国が、自分たちが排出していないCO₂の影響を受けてしまうのは、とても理不尽なことだと思います。
途上国支援を成功させるには、BLTS(business、law、technology、society)の知識が必要です。私は、法については大学で学び、ビジネスは新卒で入社した総合コンサルティング会社で基礎を身につけました。マイクロソフトでは、テクノロジーの発展を最先端の場で見られています。私は経験主義者なので、現在は様々な経験を積みながら、将来、自分の目標を実現するために必要なピースを集めている段階です。

2019年、バングラデシュで現地のプロジェクトメンバーと

Q: 難民支援事業に携わったきっかけは何ですか?

A: フランスの大学に進学した時に、「あなたは何人なの?」と聞かれることが多かったことです。それまで、自分は日本人だと素直に思っていたので、考えたこともありませんでした。そこで初めて、アイデンティティーという概念にすごく興味を持ちました。
その後、難民問題を考える大学のコミュニティーに参加し、難民の方々とかかわるようになりました。彼らの中には、「仕事に就きたいが、自分が何者であるかを証明する手段(書類)がない」と話す人々がいました。私は「自分の帰属」という意味の抽象的なアイデンティティーで揺れていましたが、母国から逃れてきた彼らは、自分が何者かを証明するアイデンティティー(身分証明書)さえない立場にいました。そのことが、とても衝撃的でした。インターンをしていたアメリカのInternational Law Instituteで議論を重ねるうちに、本人認証という意味のアイデンティティーの再構築が、私のライフワークである途上国支援のためには根本的に必要なものであることに気が付き、テクノロジーを使ってアイデンティティーを付与する事業を立ち上げることにしました。

Q: どういったテクノロジーを使うのですか?

A: 国家に頼らず、難民にアイデンティティーを与える方法を模索していたとき、友人と議論していて、仮想通貨(暗号資産)の信頼性を支えるブロックチェーンの技術が本人認証に使えるのではないか、という話になりました。その友人が、ブロックチェーン・アイデンティティー業界で最先端を走っているNGO「Sovrin Foundation(ソブリンファンデーション)」とつないでくれたのです。現在はソブリンのエコシステムを支えるノード(中心点)の一つであるスタートアップ「Truu.id」とともに、バングラデシュでアイデンティティー事業に取り組んでいます。私たちが目指しているのは、アイデンティティーを付与することで就業や起業の機会を創出し、貧困解決につなげることです。テクノロジーは、そのためのツールの一つでしかないため、テクノロジーをどう使っていくかを定義するガバナンスモデルの作成に力を入れています。

2019年、韓国の「K.E.Y. Platform」で人道支援におけるブロックチェーンの利用に関するパネルディスカッションに登壇

アイデンティティーにも国境がなくなる

Q: 進学先にパリ政治学院を選んだのはなぜですか?

A: 高校までは理系で、「科学者になって、途上国で使える安価な気候変動防止装置を開発しよう」と考えていました。でも、大学の教授など実際に研究に携わっている方々と話していると、資金面や政策的な優先順位などによって、研究に制約を受ける場合も多いことが見えてきました。母が生まれた旧ソ連は崩壊し、母方の祖父が暮らすクリミアはロシアに“併合”されるなど、私は世界情勢の変化にさらされながら育ったので、制度を作る側に回りたいと考えるようになり、法学と政治学を学ぶことにしました。
海外の大学のほうが議論を通して自分の考えを深められると思いましたし、ヨーロッパとアジアの架け橋になりたいという思いもあったので、パリ政治学院のヨーロッパ・アジア学に進むことにしました。パリ政治学院はフランス各地にキャンパスがあります。学生は120人ほどで、半分はフランス、イタリア、リトアニアなどヨーロッパの出身者、もう半分は中国、インド、ベトナム、タイなどアジアの出身者。約40カ国から学生が集まっている多様性に富んだ環境でした。

Q: ご自身のアイデンティティーはどこにあると思っていますか?

A: 日本とロシアのアイデンティティーがうまく融合して「私」を構成している、というのが現時点での結論です。日本人的な一面のほうが強くなる状況もあれば、ロシア人的な一面が顔を出す状況もあります。アメリカやフランスで身に着けた一面が現れるときもあります。インターネットに国境がないように、アイデンティティーにも国境がなくなっていくのかもしれません。

2014年、パリ政治学院に入学した直後の修学旅行的なイベントで。Play Hard Study Hardの象徴

未来は「どうなるか」ではなく「どう作っていくか」

Q: 今後の目標は何ですか?

A: 次の10〜20年で、難民や、途上国で困窮している人々にデジタル・アイデンティティーを付与し、生活を立て直す機会を提供することで経済的な包摂が進む、というシナリオを実現させたい。身分証明書を発行するだけではなく、実際に使える「出口」の確保までしっかり考えていきたい。起業をしたほうがいいとお声掛けいただくこともありますが、私が描くビジョンを達成するには、今はまだいろいろ体験して、必要なピースを集める時期。パワーをたくわえて、どうアウトプットしていくか、作戦を練っていきます。

Q: アウトプットする先は、やはり途上国支援ですか?

A: 日本語では「途上国支援」という言葉を使ってきましたが、正確には“marginalized populations”(周縁化された人々)を支援したい。日本にも無戸籍者がいるように、社会的に忘れられた層は、途上国に限らず、どこの国にも存在します。また、バングラデシュにも1食1万円の食費を払える人がいるように、途上国にも裕福な層は存在します。私の長期的な目標は、先進国・途上国という国のくくりを超えて、あらゆる忘れられた層の人たちにチャレンジの機会を提供していくことなのです。

Q: 2030年の社会はどうなっていると思いますか?

A: どうなっているかという受け身の姿勢ではなく、どう作っていくかという積極的な捉え方が重要です。2030年の政府、大企業、一般市民のパワーバランスは、現在とは違うものになっているでしょう。私は、市民の発言権が高まった社会になるよう行動していこうと思っています。日本のプレーヤーは海外、特にアメリカの成功事例に目が行きがちですが、どういう世界になれば自分たちのビジネスや活動が成功するのかを描いて、そのビジョンを実現するために逆算するという動き方がもっと必要だと思っています。

安田クリスチーナ(やすだ・くりすちーな)
1995年、ロシア・サンクトペテルブルク生まれ、札幌育ち。パリ政治学院政治学部・法学部を首席で卒業。在学中の2016年、個人が個人としてオンラインで尊重される社会づくりをビジョンとする米NGO「InternetBar.org」のディレクターに就任。17年、新卒でアクセンチュアに入社。19年、米マイクロソフトに移り、Cloud Developer Advocatesのプログラム・マネジャーに就任。Forbesの「30 UNDER 30 JAPAN 2019」にも選ばれた。
https://kristinayasuda.com/

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