「声の力」プロジェクト:DIALOG 日本の未来を語ろう :朝日新聞デジタル
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「声の力」プロジェクト

2019年10月23日公開

声優・古川登志夫 特別授業 Vol.2 「人格等身大」を忘れずに

Written by ジュレットカミラン with 朝日新聞DIALOG編集部
Photo by 伊ケ崎忍

朝日新聞DIALOGは夏から新しいシリーズ企画「声の力」を始めました。視覚障害のある高校生たちが、声による表現方法を学び、自身の可能性を広げることを目指すプロジェクトです。その第1弾は、アニメ『ドラゴンボール』のピッコロや『ONE PIECE』のポートガス・D・エースなどを演じる声優の古川登志夫さんの特別授業で、筑波大学附属視覚特別支援学校(東京都文京区)に通うアニメ好きの高校生たちを対象に、7月と8月に行われました。2回目の授業(8月31日)では、夏休みの課題として練習してきた成果を各自が発表しました。ベテラン声優の指導を受けて、生徒たちの表現はどのように変わったのでしょうか。

遊びながら笑いの表現を学ぶ

授業は1コマ50分の2部構成。参加したのは下記の7人です。
【1年生】 大賀 おおが 姫那 ひな 、佐藤あかり、髙橋 弘毅 こうき 、田中 紫音 しおん
【2年生】岡田 愛美利 えみり 隅本 すみもと 真理 まり 田邊 たなべ 和馬 かずま

1コマ目は、発声の基礎となる腹式呼吸、胸式呼吸の復習から始まりました。前回は立ち上がって練習しましたが、今回は着席のままです。その理由を、古川さんは「ラジオドラマなどでは、基本的に座って発声をしていきますからね」と説明します。実践的な練習に、生徒たちは背筋を伸ばして取り組みました。

呼吸法の次は、笑いの演技を復習しました。「笑いは喜怒哀楽の中で最も難しい」と古川さん。生徒たちが順番に挑みます。まず、田邊和馬さん(17)が「アーハッハハハ」と勢いよく笑いました。岡田愛美利さん(16)は高い声で、魔女のように「イーヒッヒヒヒ」。大賀姫那さん(16)は、小さな声で何かをたくらむかのように「ウフフフ」とほほ笑みます。髙橋弘毅さん(15)は大きく一息吸い、体を震わせるように「エッヘッヘヘヘ」と大笑い。佐藤あかりさん(15)の笑いは「オホホホ」と上品な奥様のよう。みんな、古川さんのアドバイスを実践しています。

復習を終え、いよいよ課題の発表です。生徒たちは、前回の授業の最後に古川さん作の台本を受け取り、「メリハリをつけて、表現豊かな演技プランを考えてくるように」との課題を与えられました。台本には、夏休みなのに受験勉強せざるを得ない高校生の心情が起伏の激しい独白体で表現されています。古川さんから「笑いの場面が肝になります」というヒントをもらってスタートです。

佐藤さんが「ああ、もうどうしよう!」という冒頭部分を大きな声で読み始めました。少し早口で、受験生のイライラした感情を演じます。続いて、田中紫音さん(16)は少し遅めの口調で抑揚をつけながら読みます。隅本真理さん(17)は文章をこまめに切って、メリハリをつけました。他の生徒たちもそれぞれ、夏休み中に考えてきた演技プランを披露しました。古川さんは、「みなさん、僕が想像していたよりもはるかに勉強してこられましたね」と感心した様子でした。

台本には、主人公が受験勉強に焦る自分にあきれて自虐的に笑ってしまう場面があります。それが「へっへっへ~のへ〜だ! わ~はっはっはっは……て、笑ってらんないよ」というセリフです。急に大笑いしたかと思うと、突然我に返って「笑ってらんないよ」と焦りがこみ上げるところに、生徒たちは苦戦しているようでした。

古川さんは「笑いの部分はどうでしたか。日常だと上手に笑えますが、演技だと急に難しくてできなくなりますね。そこで、笑いの遊びをしてみましょう」と語りかけ、カバンから大きなキノコ形のクッションを取り出しました。「僕がこのキノコでみなさんに触ります。触れられたら、キノコが離れるまで笑い続けなければいけません」とルールを説明し、さっそく始めました。キノコに触れて笑い続ける生徒につられて、他の生徒たちも自然に笑い始めます。「この訓練は声優養成所でも実際にやっています。これをすると楽しくなって、台本を読むときよりも笑いがうまく表現できるようになります」。全員が笑顔になったところで、1コマ目の授業は終わりました。

自分にリミッターをかけずに挑戦しよう

2コマ目は、まず古川さんがモデル演技を披露しました。「ああ、もうどうしよう!」。冒頭のセリフは、この日一番大きな声でした。迫力ある演技に圧倒される生徒たち。でも、モデル演技に触発され、大きな声で一斉に自主練習を始めました。みんな、かなり自然に笑えるようになっています。古川さんが個別指導を始めると、生徒たちは緊張しながらアドバイスを聞き、懸命に練習に励みます。「みんなで大きな声で練習すると、黙読よりも感情が表れます」と古川さん。15分ほどで自主練習を終えると、今回の課題のポイントを明かします。「この台本はそれぞれの場面に喜怒哀楽の変化があります。その変化の部分がはっきりわかるように演じ分けることを意識すると、メリハリがついて、聞き手に伝わりやすくなります」

その後は、質疑応答が行われました。生徒からは「関西出身ですが、どうすれば標準語をしゃべれるようになりますか」という質問が出ました。栃木県出身の古川さんも、最初はアクセントで苦労したそうです。その経験も踏まえ、「関西弁の人が標準語を話せるようになるまで、さほど時間はかからないと思います。関西弁と標準語のどちらも話せるのは、逆に武器になります」と話しました。そして、「今回の授業を通じて、日常生活ではできるのに、セリフになるとできないと感じてしまうことが、きっとあるでしょう。でも、自分にはできないかもしれないとリミッターをかけずに、挑戦していくことが大事です」と語りました。古川さんの励ましに、生徒たちの顔が明るくなりました。

それから、改めて1人ずつ台本を読みました。生徒たちは古川さんから教わったことを精いっぱいアウトプットしようと読み上げていきます。課題の喜怒哀楽に関しても、最初の演技と比べれば、はるかにメリハリの利いた表現ができています。古川さんも「みなさんは課題をどんどんクリアして、積み重ねができています。素晴らしいです」と生徒たちの努力を高く評価しました。

演技の上手な声優は人間としても魅力的

生徒たちに感想を尋ねました。

岡田さんは「私はアニメを見るのがとても好きです。目が見えず、音だけで判断するため、何をしている場面か分からないときもありました。最近になって、キャラクターの声から心情や状況を読み取れるようになり、声優に憧れるようになりました。今回参加して、声優の仕事を細かく体験できたのは本当に良かったです」と話しました。それを聞いた古川さんは、「うれしいですね」と顔をほころばせました。

髙橋さんが「普段はここまで感情を意識して表に出すことはありませんでした。思う存分、声を出せるのはとても気持ちがいいし、演技はすごく楽しいなと実感しています」と話すと、古川さんは「生徒さんたち自身の枠が広がっている気がします」と応じました。また、ちょうど公開中だったアニメ映画『ONE PIECE STAMPEDE』には、視覚障害者を対象に、どんな場面が流れているかを伝える音声ガイドがあることを例に挙げ、より多くの人がアニメを楽しめるようになっている現状を伝えました。

授業の最後に、古川さんは生徒たちに言葉を贈りました。それが「人格等身大表現」です。声優の卵たちに演技を教えるとき、最初に必ず伝える言葉で、「その人の演技力は、その人の人格と等身大である」という意味です。だから、「演技の上手な声優さんは人間的にも魅力的です。うまくなりたかったら、人格を磨かなくてはいけません」。生徒たちは古川さんの話に耳を傾けます。

古川さんいわく、『ドラゴンボール』で孫悟空の声を担当する野沢雅子さんは、新人声優がうまく演技できずにいると、「大丈夫よ。私も新人のころは全然できなかったから」と声をかけてリラックスさせるそうです。「そういう方を見ていると、人格という言葉の本質は、他者に思いを致すことだと思います。みなさんが今後どんな世界に進んでも、『人格等身大』という言葉を覚えておいていただけたらうれしいです」というメッセージで授業を結びました。

古川さんの特別授業を受けた生徒の中から選ばれたメンバーが、来年1月の合宿に参加し、ラジオドラマの制作に挑む予定です。朝日新聞DIALOGでは、その模様を継続的にお伝えしていきます。

それでは最後に、同校の卒業生で、今春、朝日新聞社に入社し、販売局で働くかたわら、「声の力」プロジェクトに携わる大島康宏の感想を紹介します。

声の表現を学ぶと人間性も豊かになる(大島康宏)

授業の冒頭でいきなり古川さんから笑い声などを演じるように指示されましたが、後輩たちは恥ずかしがることもなく堂々と演じました。長文のセリフの練習成果を発表する場面では、以前にも増して感情表現が豊かになっていることに驚かされました。アニメのキャラクターとして登場しても違和感がないような演技でした。
古川さんは「人格等身大表現」という言葉を教えてくださいました。視覚に障害があるからこそ感じること、考えられることは、きっとあると思います。声の表現の可能性を学んだ後輩たちには、それを生かして、思いやりのある優れた人格の持ち主として、これから社会で羽ばたいてほしいと強く思いました。

【プロフィル】
古川登志夫(ふるかわ・としお)
声優(青二プロダクション)。栃木県生まれ。日本大学芸術学部演劇学科を卒業後、劇団櫂に入団。座長に勧められて声優の道を歩む。代表的な役にアニメ『うる星やつら』の諸星あたる、『ドラゴンボール』のピッコロ、『ONE PIECE』のポートガス・D・エース、『名探偵コナン』の山村ミサオ警部など。2019年から同プロダクション附属俳優養成所「青二塾」東京校の塾長も務める。

「声の力」プロジェクトとは
文化庁の「平成31年度 障害者による文化芸術活動推進事業」として、視覚障害児が声による伝え方の多様性を学ぶことで、自分の可能性を再発見することを目指すプロジェクト。文化庁と朝日新聞社が主体となり、株式会社青二プロダクション/青二塾と「声優グランプリ」編集部(株式会社主婦の友インフォス)の協力を得て進めている。

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