「声の力」プロジェクト:DIALOG 日本の未来を語ろう :朝日新聞デジタル
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「声の力」プロジェクト

2020年01月23日公開

声優・岩田光央 特別授業@広島県立広島中央特別支援学校 「イメージする力」が表現を豊かにする

Written by 黒澤太朗 with 朝日新聞DIALOG編集部
Photo by 西垣公博

朝日新聞DIALOGは昨年夏からシリーズ企画「声の力」を続けています。視覚障害のある中学生・高校生たちが、プロの声優から声による表現方法を学ぶことで、自身の可能性を広げることを目指すプロジェクトです。その第3弾として、2019年10月15日に広島県立広島中央特別支援学校(広島市東区)で特別授業を行いました。講師は、アニメ映画『AKIRA』の主人公・金田正太郎や、『ONE PIECE』のイワンコフなどを演じる岩田光央さんです。声、そして体を使ったレッスンを通じ、生徒たちはたくさんの気づきを得ました。笑いの絶えない、楽しい授業の様子をお伝えします。

「ゆっくり歩く」ことから始まる

広島駅から北に車で15分ほどの太田川沿いにある広島中央特別支援学校は、設立から100年以上の歴史を持ち、現在は幼稚部から高等部まで約50人が在校しています。そのなかから、中学生・高校生16人が特別授業に参加しました。今回の授業は3部構成。まず高校生、次に中学生にそれぞれ基礎的な演技を指導し、最後の授業では朗読劇部員と希望者を対象に発展的な内容を扱います。授業の舞台となったのは、意外にも体育館。これまでの特別授業は教室で行われてきましたが、今回はなんだか一味違うようです。

1コマ目には高校生11人が参加しました。岩田さんが登場すると、生徒たちから「すごーい!」と歓声が上がりました。

岩田さんは開口一番、「みなさんにはこれから、声優を目指す人たちが通う学校で、最初に受ける授業と全く同じことをやってもらいます。すごく簡単なことです。ただ歩くだけ。でも条件があります。全ての動きをゆっくりにしてみてください」と話しました。

「ゆっくり歩く」という意表をついた指示に戸惑う生徒たち。「途中で僕が一度、パンッと手をたたきます。その音が聞こえたら、何かが起こったと思って、音がしたほうに振り返ってください。もう一度手をたたいたら、また歩き始めてください。車椅子の人もゆっくり押してもらってください 」

岩田さんが音楽プレーヤーのスイッチを押すと、ゆったりとしたバラード風の曲が流れ出します。生徒たちは体育館の端から端に向かって、ゆっくり歩き出しました。すると、「うわっ!」「倒れちゃうよ」。片足立ちに耐え切れず、倒れてしまったり、速く歩いてしまったり。互いがぶつからないように、教師に助けてもらいながら、一歩ずつ進んでいきます。岩田さんが「ギリギリまでゆっくり!」「ちょっと速いんじゃない?」と声をかけると、生徒たちは笑顔で応えます。

1分半ほど過ぎたところで、岩田さんが手をたたきました。体育館の半分くらいまで進んでいた生徒たちは、ゆっくりと岩田さんのほうを振り返ります。再び岩田さんが手をたたくと、またゆっくりと動き出し、ゴールへ向かっていきます。時間にして約5分。音楽が終わり、生徒たちも体育館の端に到着しました。

役者は日常生活を再生する

生徒たちを座らせて、岩田さんが語りかけます。「今やってくれた『ゆっくり歩く』という動きで、役者のいろんなことがわかるんです。(演技への)向き合い方とか、体のつくり、資質なんかまで」。生徒たちからは驚きの声が上がります。「普段、何げなくやっている『歩く』ことって、とても簡単なように思えるけど、実はものすごく筋肉を使う運動で、大変なことなんだ。全てをゆっくりやってみたことで、それが初めてわかったよね」。岩田さんは、「役者は日常生活を再生する職業」だと考えています。「ゆっくり歩く」ことは、それを伝えるためのステップでした。

最初のレッスンに深い意味が隠されていたことを知った生徒たちは、岩田さんの話に耳をそばだてます。「みんなは今、なんで歩いたんですか?」。思いがけない質問に、生徒たちは首をひねるばかり。岩田さんが続けます。「私たちは何か目的があって歩きます。例えば学校に行くとか、教室を出てトイレに行くとか。今は僕が『歩いてください』って言ったから歩いたけれど、そう言われたときでも役者は、今どういう状況で、どういう目的で歩いているのかを考えることが大切。つまり役者は、セリフの意図や目的を考えることが仕事なんだよ」

「僕が手をたたいたとき、どんな気持ちで振り返った? ただ音がしたから振り返っただけじゃない?」。考えたこともなかった問いかけに、生徒たちはびっくり。「僕が手をたたいたけど、それが何の音か、イメージしましたか? 例えば、学校に向かって歩いていたけど、お母さんに呼び止められたから立ち止まった。そして話し終えたから、また歩き出した。こういうイメージを持って動くことが大切なんだよね。自分が考えている目的や意図を理解してもらうように動くことが、演技の第一歩です」

五十音の仕組みを意識して発音する

授業は発声練習に移ります。岩田さんは「発声についての考え方を変えてもらいます」と言い、五十音の発声方法を一音ずつ丁寧に教えていきます。

「五十音は、基本となる母音『あいうえお』の発音があって、そこに子音を組み合わせていきます。例えば、ま行の音は、唇をいったん閉じないと絶対に出せないんだよね。唇をつけずにやってみて……ほら、できないでしょ」と、笑いを交えながら発音の仕組みを伝えます。「一音一音意識して、はっきりと発音することが大切です。発声はやればやっただけ上手になります」

中学生4人が参加した2コマ目でも、同じ内容が扱われました。こちらの授業では「ゆっくり歩く」の後に、目の前にある壁を押すなどの日常の動きを実践しました。最初は何げなく体育館の壁を押していた生徒たちでしたが、岩田さんに指摘され、「(両足をずらしたときの)後ろの足に体重をかけて押している」感覚があることに気づきました。パントマイムでやってみると、見違えるほどの出来栄えになりました。中学生たちの「日常の再生力」が鍛えられた瞬間でした。

会話の場面を具体的に想像する

最後の3コマ目は「発展編」。参加したのは朗読劇部に所属する生徒2人と高等部の有志5人です。授業は、七つの文からなるセリフを読む実践的な練習から始まりました。帰宅後、特別授業の内容を母親に伝えるという設定です。最後にはアドリブでしゃべる部分もあります。岩田さんは「セリフを読むときに大切なのは、相手との距離を意識することです。(生徒たちから3m程度離れて)例えば、僕がこの距離にいるときの声の大きさは、(1m程度まで近づいて)この距離にいるときには大きすぎるよね。お母さんがどこにいて、どう動いているかを考えて、声を工夫してみてください」とアドバイスします。

5分間のシンキングタイムを経て、一人ひとりがセリフを発表しました。「自分が話しかけたからお母さんが座ったけど、ご飯が炊けたからまたキッチンに戻ってしまった」「途中でおばあちゃんが帰ってきた」「お母さんは寝ていたけど、思わず話しかけちゃった」など、独自の設定を考え、それに沿って表現していきます。

生徒たちの発表に岩田さんは驚いた様子で、「みなさんがすごいのは、『自分』と『お母さん』以外の人物も登場させているところです。状況が具体的にイメージできていないと、絶対に出てこない。そこまで意識できるのは本当にすごい」と絶賛します。7人がそれぞれ異なる設定で発表したことについても「イメージするものがみんな違う。それが個性です」と指摘したうえで、「個性を豊かにするのはやはり趣味です。『好き』と思うものを突き詰めることで、みなさんの『色』が明確になって、表現が豊かになります」と、生徒たちを励ましました。

授業の終盤は、ワンフレーズのセリフを読む練習をしました。岩田さんが用意した「ねーえー!」と「ちょっと待って」という呼びかけのセリフに、それぞれ3人が挑みました。ここでも具体的な状況をイメージして呼びかけます。「ねーえー!」のセリフで、生徒の1人が「寝ている先生を起こす呼びかけ」と設定したため、見学していた教師が急きょ、演技に参加することに。2人の名演技に会場は笑いに包まれました。

与えられた環境で自分を生かそう

授業が一通り終わった後で、質問タイムが設けられました。「今まで演じてきたなかで、苦労したけどやってみてよかったという役はありますか?」という質問に岩田さんは、「『 D. ディー Gray グレイ - man マン 』というアニメで演じたアレイスター・クロウリー三世という吸血鬼の役です。それまでは、自分の人格の中からキャラクターに合う要素を見つけて掘り出してやっていたんだけど、吸血鬼の役なので、逆に自分を役に寄せていった作品でした。初めてのやり方だったので苦労しましたが、すごく楽しくてやりがいがあったし、自信にもなったんだよ」と答えました。

最後に岩田さんは、こんなメッセージを伝えました。「自分の声はすごくハスキーで、コンプレックスもいっぱいあった。でも、自分が持っている『楽器』はこれだけだから、どれだけ生かせるかという努力をした。与えられた環境で自分というものをどれだけ生かすか、ということだよね。みんなは視覚障害があるかもしれないけど、耳の力がすごくて、イメージする力を持っている。これは、みなさんの素晴らしい個性です」

生徒たちにも感想を聞きました。中学2年の女子は、「自分はいつもこういう風に歩いてるんだ、ということや、口を大きく開けるとしゃべりやすいことなどに気づかされました。いろんなことを知ることができて、とても楽しかったです」と話しました。高校1年の男子は、「声にはいろいろな形があることがわかりました。声を鍛えることは筋トレでもあり、役者という仕事は本当に難しいなあと思いました」という感想が返ってきました。

朝日新聞DIALOGでは、「声の力」プロジェクトの模様を継続的にお伝えしていきます。

【プロフィル】
岩田光央(いわた・みつお)
声優(青二プロダクション)。埼玉県出身。劇団こまどりに入団し、テレビドラマ『1年B組新八先生』などに出演。アニメ『AKIRA』で主人公・金田正太郎を演じたことが声優への転機となる。アニメ『ONE PIECE』のイワンコフ、『ポプテピピック』のクトゥルフなども演じている。

「声の力」プロジェクトとは
文化庁の「平成31年度 障害者による文化芸術活動推進事業」として、視覚障害児が声による伝え方の多様性を学ぶことで、自分の可能性を再発見することを目指すプロジェクト。文化庁と朝日新聞社が主体となり、株式会社青二プロダクション/青二塾と株式会社主婦の友インフォス(「声優グランプリ」編集部)の協力を得て進めている。

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