ここから本文エリア 現在位置asahi.comトップ > デジタル > 記事

「ウェブ進化論」著者、梅田望夫さん(45)に聞く(上)

チープ革命が総表現社会を実現する

2006年02月19日

写真

梅田望夫さん

書籍詳細

表紙画像

ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる

  • 著者: 梅田 望夫
  • 出版社: 筑摩書房
  • ISBN: 4480062858
  • 価格: ¥ 777

別ウインドウで開きますこの本を購入する ヘルプ

 パソコンや携帯電話、値段はほとんど変わらないのに機能はどんどん上がり続ける。ブロードバンドも電話代程度、ブログをやるのもタダ。そんな「チープ革命」の果てに「総表現社会」が訪れる。無数の人々が「知」を持ち寄り、「検索エンジン」がそれを巨大な情報のインフラに組み上げていく――ウェブの世界に起きつつあるこの動きは、私たちに何をもたらすのか。近著『ウェブ進化論――本当の大変化はこれから始まる』でネットの地殻変動を読み解いた米シリコンバレーのコンサルティング会社「ミューズ・アソシエイツ」社長、ブロガーとしても知られる梅田望夫さん(45)に話を聞いた。

(asahi.com編集部  平 和博)

 ――日本では、活発なシリコンバレーの印象は2000年のインターネットバブルの崩壊で途切れているようにも思えます。その後、シリコンバレーはどう変化したのでしょう。

 00年末以降、日本ではインターネット、シリコンバレーへの関心がぱったりと途切れた。経営コンサルタントとして、日本の大企業のトップと話す機会は多いが、「(インターネットがどの程度のものか)もうわかった」という反応だ。つまりインターネットは、「自分の仕事を、自分なりのやり方で、吸収し、適当に使っていくもの」と矮小化され、理解されてしまった。米国でもネットへの熱狂は薄れ、01年には同時多発テロ、そして戦争に突入してしまった。シリコンバレーでも03年ぐらいまで、苦しい時代が続いた。

 そういう環境の中でグーグルが出てきた。シリコンバレーが厳しい時期にも、グーグルは着々とすごいことをやり続け、水面下から浮上してきた。「とてつもない事が起こるんだな」と思ったのが02年後半から03年初めぐらいのことだ。

 起業家主導型経済、すなわちベンチャーをつくって、ベンチャーキャピタル(VC)がどんどんお金を用意する、多産多死だけれども、そこで何か面白いことが起こるという環境は、90年代後半、世界に輸出された。けれど、その中から10年に1度、インテル、アップル、シスコ、ヤフーのような、産業の構造をがらっと変えてしまうような世界企業を生み出す力が、シリコンバレーにはある。グーグルの登場によって、そういうことを再確認した。

●すべてが「グーグル」になる

 ――シリコンバレーは、かつての勢いを取り戻しつつあるのでしょうか?

 90年代後半のような高揚感はない。シリコンバレーにも様々な企業がある。だが、今は圧倒的にグーグルだ。「グーグルとそれ以外」とも言える。

 例えば、1986年には、サン・マイクロシステムズやオラクル、マイクロソフトといった有望な会社が相次いで株式を公開した。それらの企業がその後の動きを牽引する。そして、第1次インターネット・ブームがアマゾン、イーベイ、ヤフーを生んだ。これを「ウェブ1.0」と言ってもいい。ほとんどは95年創業。

 この3社はグーグルが誕生していなかったら、日本のネット産業のように、特定の分野を独占して、割にのんびりとやっていたと思う。ところがグーグルが急成長してきて、刺激を受けた。この4社がインターネット第2世代の担い手となり、ある種のインフラとして機能している。

 新しいベンチャーも誕生してきているが、彼らのゴールのイメージが、かつてのように株式公開を目指すというより、この4社のどれかに買収されることに変わった、という印象を受ける。

 今、VCのお金は余っているんですよ。全米のVCの投資額というのが、1995年ぐらいまで、つまりインターネットブームまでは、年間だいたい数千億円ぐらい。それが、90年代後半に急速に伸びて、2000年に10兆円まで行った。今、これが2兆円ぐらいで止まっている。ピークは異常値だとして、まだ、アマゾンやイーベイを生んだ95年頃と比べても、数倍のお金がある。

 ただ、投資を受けた会社が、どのくらいの利益を返せたかというと、利益を還元できているのはグーグル1社だけと言える。もちろん、グーグルに牽引される形で、アマゾン、ヤフー、イーベイといった企業の株も上がり、グーグルと競争するためにベンチャーを買っている。ただそれは、グーグルという巨大な隕石が落ちてきたから、その周りに生態系ができている、ということです。「グーグル隕石」の周辺以外では、落ち着いています。

●「ムーアの法則」で、あらゆるものがタダ同然に

 ――著作『ウェブ進化論』では「ウェブ社会の大変化」を描かれています。そもそも「ウェブ社会」とは。

 インターネットの普及以前は、みんな100%「現実(リアル)の世界」で生きていた。ところが、インターネットが浸透して、リアル社会で生活しつつ、ウェブ社会にも暮らすようになった。もはやウェブ社会は無視できない。ウェブ社会の法則、原理・原則は、リアル社会とはかなり異なる。まず「それは何だろう」という問題意識があった。

 ――変化の中心として「総表現社会をチープ革命が実現する」とあります。具体的な意味を聞かせてください。

 インテルの創業者の1人、ゴードン・ムーアが唱えた「ムーアの法則」というものがある。18カ月ごとにトランジスタの集積度は2倍になる、という法則。どんどんモノが安くなり、どんどん便利になる。スピードも加速する。半導体の法則であった「ムーアの法則」が広い意味で使われるようになった。つまりIT関連製品は年率30〜40%安くなる。この流れは、今後10年は変わらないだろう。

 主としてハードウェア分野の革新が、ある閾値(しきいち)を超えると、もう普通の人が必要なものはほとんど全部タダ、もしくはタダ同然に近い状態になる。子どもでも、デジカメや携帯を持つようになる。それが「チープ革命」がもたらしたことだ。通信なら、光ファイバーの普及であり、ソフトウェアであればオープンソースがある。グーグルの検索エンジンを利用するのだってタダだ。

 ――では「総表現社会」とは?

 チープ革命と「総表現社会」とは密接につながってくる。自分が表現しようとするモノを、不特定多数に配るのは、かなりのコストがかかった。選ばれた人だけの行為であり、メディアが中心になり、1万人に1人ぐらいの人が表現者として活躍する時代が続いていた。だが、チープ革命が「誰でも表現者になれる」という可能性をもたらした。そこで現れてくるのが「総表現社会」です。

●不特定多数無限大の「知」の集積

 ――梅田さん自身も、2002年からブログを続けていて、代表的ブロガーという意味の「アルファブロガー」とも言われている。実体験としての「総表現社会」とはどのようなものですか?

 今回、本にまとめた内容の一部は、ブログで試行錯誤のプロセスを公開してきたものがもとになっている。「総表現社会」とはどういうものなのか、「ウェブ2.0」とはどういうものなのか、ブログの体験は、それを自分で人体実験した、ということかもしれない。

 「総表現社会」をどう考えるか、というのは、ネットの「向こう側」にいる不特定多数無限大の1人1人を、すばらしい、と思うか、大したもんじゃない、と思うか、というところに、結構大きな分かれ目がある。

 今までの社会は、1億人の中から表現者を1万人選ぶんだったら、そのプロセスがあった。成績がいい、とか、誰に認められるか、とか、誰の弟子になる、とか。そしてそのプロセスで認められるようになると、だんだん傲慢になってくる。自分の書いているものは、そういう表現をしていない人に比べて、圧倒的に優れたものだ、と。ところが、そうじゃない。インターネットの「向こう側」にいる人々は、たまたまこれまで表現行為をしなかった、すごい人たちなんだ。

 僕はシリコンバレーに12年住んで、IT産業について考え続けてきたプロだと自負している。何か語れと言われれば、何についても語ることはできる。ところが、アップルについて、スティーブ・ジョブズについて僕が語ったとすると、ネットの「向こう側」には、スティーブ・ジョブズに会ったことがある人や、アップルに勤めていたことがある人、あるいは一緒に仕事している人たちが無数にいる。僕がそれなりに精一杯に書いたものも、そういう、不特定多数無限大の人々の「知」の集積と比べてしまえば、全く優位性などないわけです。ブログを通じて、そういう実感を得ることができた。

(〈下〉に続く)

プロフィール

梅田望夫(うめだ・もちお)

1960年生まれ。慶応義塾大学工学部卒業。東京大学大学院情報科学科修士課程終了。94年からシリコンバレー在住。97年、コンサルティング会社、ミューズ・アソシエイツをシリコンバレーで創業。2000年、ベンチャーキャピタル、パシフィカファンドを設立。05年3月から株式会社はてな取締役。著書に『シリコンバレーは私をどう変えたか』(2001年、新潮社)。



関連情報

サブコンテンツへの直リンクメニュー終わり
∧このページのトップに戻る
asahi.comに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。 Copyright The Asahi Shimbun Company. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.