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2012年7月5日
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斎藤・西田のデジタルトレンド・チェック

iPadの教育に対する可能性を沖縄で見る

筆者 斎藤幾郎・西田宗千佳

写真:写真1:沖縄県糸満市・西崎特別支援学校に通う本村信太郎君と、2年5組副担任の当銘成美教諭。iPod Touchとアプリの力で、コミュニケーションの幅はぐっと広がった(撮影:西田宗千佳)拡大写真1:沖縄県糸満市・西崎特別支援学校に通う本村信太郎君と、2年5組副担任の当銘成美教諭。iPod Touchとアプリの力で、コミュニケーションの幅はぐっと広がった(撮影:西田宗千佳)

写真:写真2:本村君が使っているiPod Touch。コネクターに接続されているのは、音を周囲に出すためのスピーカー。機器は学校へ支給されたものを借りる形で利用している(撮影:西田宗千佳)拡大写真2:本村君が使っているiPod Touch。コネクターに接続されているのは、音を周囲に出すためのスピーカー。機器は学校へ支給されたものを借りる形で利用している(撮影:西田宗千佳)

写真:写真3:沖縄県沖縄市・泡瀬特別支援学校で学ぶ斉藤貫太君。口に導電性のスポンジをつけた棒をくわえ、キーボードとiPadを巧みに操る。今はローマ字入力によるタイプを練習中(撮影:西田宗千佳)拡大写真3:沖縄県沖縄市・泡瀬特別支援学校で学ぶ斉藤貫太君。口に導電性のスポンジをつけた棒をくわえ、キーボードとiPadを巧みに操る。今はローマ字入力によるタイプを練習中(撮影:西田宗千佳)

写真:写真4:パソコンを使う際にも戸惑わないよう、文字入力はキーボードが中心。Bluetoothで接続する一般的なキーボードがそのまま使われている。キーボードの接続設定なども自分で行っている(撮影:西田宗千佳)拡大写真4:パソコンを使う際にも戸惑わないよう、文字入力はキーボードが中心。Bluetoothで接続する一般的なキーボードがそのまま使われている。キーボードの接続設定なども自分で行っている(撮影:西田宗千佳)

写真:写真5:沖縄県浦添市・大平特別支援学校での数学の授業。それぞれがiPadを使い、アプリで数の概念を学ぶ。使われているのは、沖縄県教育委員会の予算で開発した、特別支援学校向けアプリケーションが中心だ(撮影:西田宗千佳)拡大写真5:沖縄県浦添市・大平特別支援学校での数学の授業。それぞれがiPadを使い、アプリで数の概念を学ぶ。使われているのは、沖縄県教育委員会の予算で開発した、特別支援学校向けアプリケーションが中心だ(撮影:西田宗千佳)

写真:写真6:各人が、各自のペースで学んでいく。紙の時代にはなかなか集中が続かなかったが、iPadを使うことになってかなり集中できるようになっていったという。今では、この種の学習にはほとんど紙を使っていないそうだ(撮影:西田宗千佳)拡大写真6:各人が、各自のペースで学んでいく。紙の時代にはなかなか集中が続かなかったが、iPadを使うことになってかなり集中できるようになっていったという。今では、この種の学習にはほとんど紙を使っていないそうだ(撮影:西田宗千佳)

 iPadを教育に生かす、という話は、現在、いろいろなところで進んでいます。タブレット端末と教育、というと「電子教科書」というイメージが強いのですが、実際に教育の中でできることは、もっともっと広いものがあります。今回は沖縄県にお邪魔し、同県の特別支援学校で行われているiPadの活用について取材しました。ハンディを抱える子供たちの教育に対して、ITはなにができるのでしょうか。(西田宗千佳)

声や四肢のハンディをiOS機器とアプリがカバー

 沖縄県糸満市の西崎特別支援学校に通う本村信太郎君は、気管支に障がいを抱えています。そのため、声でコミュニケーションをとるのが難しい状況にあります。

 しかし本村君は今、朝の会の司会なども、きちんとこなしています。しかも「声で」です。彼の手元にあるのはiPod Touch。iPod Touchに入った「Voice4U」というアプリを使い、巧みにコミュニケーションをとっています(写真1、2)。アイコンで表現された「あいさつ」「ありがとう」といった表現を選んでタップしていくことで、簡単なコミュニケーションがとれるようになっています。このアプリでは、その場に応じた用語を追加することもできます。本村君向けの場合には、担任の先生や授業に関する言葉などを、学校側が追加しているといいます。

 iPod Touchとこのアプリを持ち歩くことで、本村君の「学ぶ姿勢」は変わったようです。副担任の当銘成美さんは、次のように話します。

「本村君は話すことができません。しかし、非常に表現意欲は豊かな子で、たくさんの内言語(筆者注:言葉になって現れない言葉)を持っています。これまでは、それを身振りなどで表していたのですが、その内容を全部理解できるのはお母さんだけで、私たちには一部しか伝わっていませんでした。ですが、このアプリを使うようになって、私たちとある程度自由にコミュニケーションをできるようになってきました。アプリの使い方もすぐ覚えて、朝の会の司会も、自分の意思でできるようになりましたし、授業中のやりとりも増えました。とても前向きになったと感じます」

 教育の基本は「コミュニケーション」。特別支援学校では、知的・身体的条件により、それが難しい場合もあります。これまでその部分を埋めていたのは、先生方とご両親、お子さんの努力に寄る部分が大きかったといいます。しかし、iPod TouchのようなIT機器を使い、コミュニケーションの敷居を下げることで、その努力を軽くし、別の部分にエネルギーを注げるようになります。特に、iPod Touchのような低価格な機器を使えることで、より多くの生徒・児童が利用可能になることも重要です。

 沖縄県沖縄市の泡瀬特別支援学校では、特に四肢にハンディを持つ子供たちが学んでいます。彼らも、IT機器を活用することで、より積極的に「学ぶ」力を身につけつつあります。

 斉藤貫太君は、四肢にハンディがあってペンを握れません。しかし、口に棒をくわえ、それでキーボードやiPadを操作することで、自由にインターネットを使っています(写真3、4)。しかも、無線LANの設定やキーボードの設定なども、自分で行いながら、です。まだ長時間タイプすると疲れてしまう、と言いますが、それでも、メールやネット検索なども積極的に行っています。「ネットで色々調べられるのは楽しいです。もっと練習して、自由にかけるようになりたい」とはにかみながら答えます。

 特別支援学校に通う生徒・児童といっても、その状況はさまざまです。斉藤君のような例の場合、知的には同年代の子とまったくかわらないのですが、ペンを持てないために、自分を表現することに大きなハンディを抱えています。そこにIT機器が入っていくことで、彼らは大きな力を持つことになります。従来も、五十音表から文字を選ぶような形式の入力機器があったのですが、それでは入力速度が遅いのが問題でした。現在斉藤君は、iPadのタッチパネルとキーボードの両方で文字を入力しています。キーボードでの入力で使うのは、もちろんローマ字入力。これは、パソコンも違和感なく使えるようになってほしい、という先生の考えから来るものです。

 また別の使い方もされています。

 教科書や教材の一部をiPadに入れて使っているのですが、これには四肢にハンディを持つ生徒ならではの事情もあります。麻痺などのハンディの問題から、紙の教科書のページを自分でめくることはできません。しかし、iPadでは自分でめくることが可能になります。たったそれだけですが、「自分でできる!」ということが、彼らの学習意欲を高めるものになっている、といいます。

iPadでより集中! 学習意欲と自発性を高める

 一般的な授業でも、IT機器は活用されています。写真5は、沖縄県浦添市の大平特別支援学校での、数学の授業の様子です。学校が持つiPadに、特別支援学校向けに作られた、数を学ぶためのアプリをいくつか入れ、それをそれぞれが好きなアプリを使って学んでいきます。

 やっていることは、数を数えることなどで、ITでなければできない、というものではありません。紙のドリルなどでも実現可能なものです。しかし、担当教諭の仲宗根義光さんは、「iPadなどを使った方が圧倒的にいい。もう紙のドリルは利用していません」と話します。

「紙だとすぐに放り投げてしまうのですが、iPadだと違います。iPadのようなディスプレーを使った機器だと、そこに集中する効果がとても高いようなのです。普段は感覚過敏な子も、比較的集中して授業に取り組んでくれます」

 それぞれの生徒さんは、熱心にアプリを使って学んでいますが、ちょっと普通の授業風景とは違う部分もあるのです。iPadの中には、授業用のアプリだけでなく、ゲームなども入っています。

「授業では時間を区切って、ある時間まで勉強したらその後は好きなアプリを使っていい、ということにしています。長い時間集中させるのが難しい、という事情もありますが、こうすることで『がんばれば報酬がある』ことを理解させることができます。勉強後にはゲームで遊ぶ子もいますが、地図をずっと見ている子もいます。自分でストリートビューを見ることまでできるようになっています。要は、自分が好きなことができる、というのが報酬になるんです。そもそも、iPad用のアプリの場合、正解すると『よくできました』と褒めてくれるので、それでテンションが上がって学習に取り組んでくれる、という点もあります」

 勉強と報酬が共存できるのは、確かに紙にはないメリットです。中には、紙の時は5分程度しか集中が続かなかった子が、30分以上集中できるようになった、という例もあるそうです。仲宗根先生の話では、「ゲーム的な動作のものに興味を持たない子はいない」とのことで、それだけ強い効果が見込める、ということなのでしょう。

 もうひとつ、大平特別支援学校では試みられていることがあります。それが、パソコンとiPadの連携です。

 歯磨きの勉強では、iPadに画面を出し、そこを生徒が触って「歯を磨くと汚れが落ちる」ことを体験させているといいます。でも、そういうアプリがあるわけではありません。使っているのは、パソコンを無線LAN経由で遠隔操作する「Splashtop」というアプリ。パソコンでパワーポイントを使って作った教材を、iPadに表示する形で使っているのです。

 これは一見、とてももって回ったやり方に見えます。しかし、もちろん理由があるのです。

 教育の現場には、これまでパワーポイントで用意した、たくさんの教育用コンテンツがあります。しかし、それらはパソコンで操作せねばならないので、子供が直接使うのは難しい部分がありました。しかし、iPadならば、マウスでなく「触る」ので、よりわかりやすく、直接的な効果が見込めます。だからといって、パワーポイントのデータをアプリに変換するのは難しく、先生の手には余ります。パワーポイントの文書作成ならともかく、アプリ制作は、先生が独自にできるものではありません。そこで、iPadからパソコンを遠隔操作する仕組みを使うことで、教育コンテンツ制作の簡便化と、これまでのコンテンツの活用の両方を目指しているわけです。

 現在は、iPad向けに教育コンテンツを容易に作れる「iBook Author」も公開されたため、今後はこれを使ったコンテンツ作成にも力を入れていきたい、といいます。

県の予算で機器とアプリを用意、教育の可能性を拡大

 沖縄県では、平成22年度以降、特別支援学校でのiPad/iPod Touchなどを使った教育に予算をつけ、活用を進めています。実際に機器を導入したのは、2011年3月末のことだといいますから、まださほど時間が経っているわけではありません。

 活用の上で重要であったのは、教育課程にあったアプリを用意することだったといいます。特別支援学校の場合、状況に応じて様々な教科書を利用する上に、操作などの面でも、独特な配慮が必要であるためです。そのために沖縄県では、機器導入と同時に予算を計上し、特別支援学校向けのiOSアプリも開発委託を行いました。本記事内で出てきた数の勉強アプリ「ならべ10」「あわせ10」「Countable10」のほか、買い物実習用の「レジスタディ」、健康状態を記録しておく拡大版母子手帳といえる「えいぶる」などが作られ、App Store上で無償公開されています。沖縄県教育委員会の予算で作られたアプリですが、広く自由に使うことができます。

 このほかのアプリは、先生方が自ら探してきて使っている状況ですが、こちらもまだスタートして間もないため、よいアプリの情報を共有して活用法を考えるのもなかなか大変だといいます。

 冒頭でも述べたように、教育とIT機器というと、電子黒板に電子教科書、といったところに注目が集まりがちです。しかし本来、IT機器の可能性はもっと広いはず。コミュニケーションや学習スタイルについてのハンディをカバーする、という方向性は、もっと追求すべきものです。これまでもIT機器を生かす方向性はありましたが、iPadやiPod Touchのように、自由度の高い安価なIT機器が増えたことは、明らかにプラスに働いているようです。

◆紹介したアプリ

Voice4U(有料、4300円)
http://itunes.apple.com/jp/app/voice4u-jp/id340814570?mt=8

ならべ10(無料)
http://itunes.apple.com/jp/app/narabe10/id516846517?mt=8

あわせ10(無料)
http://itunes.apple.com/jp/app/awase10/id516850245?mt=8

Countable10(無料)
http://itunes.apple.com/jp/app/countable10/id509444141?mt=8

えいぶる(無料)
http://itunes.apple.com/jp/app/eiburu/id492871129?mt=8

プロフィール

斎藤幾郎(さいとう・いくお)

1969年東京都生まれ。主に初心者向けのデジタル記事を執筆。朝日新聞土曜版beの「てくの生活入門」に寄稿する傍ら、日経BP社のウェブサイト日経PC Onlineにて「サイトーの[独断]場」を連載中。近著に「パソコンで困ったときに開く本」(朝日新聞出版)、「すごく使える!超グーグル術」(ソフトバンククリエイティブ)などがある。

西田宗千佳(にしだ・むねちか)

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは「電気かデータが流れるもの全般」。朝日新聞、アエラ(朝日新聞出版)、AV Watch(インプレス)などに寄稿。近著に「形なきモノを売る時代 タブレット・スマートフォンが変える勝ち組、負け組」(エンターブレイン)、「メイドインジャパンとiPad、どこが違う? 世界で勝てるデジタル家電」(朝日新書)がある。

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