アップルは7月25日、同社のパソコン「マッキントッシュ」シリーズ用のOS「OS X」の最新バージョン「Mountain Lion」(以下ML)を発売しました(画像1)。アップグレード価格は1700円、バージョン番号は「10.8」となります。昨年の「OS X Lion」の登場から、1年を経ての登場となりますが、今回はどのような部分が変化したのでしょうか? それは一言でいえば、「マックにiPad的な良さを」という発想です。(西田宗千佳)
【写真特集】Mountain Lionの新機能通知センターで告知を一元化、「共有」で操作も一元化
マックOSは、前回のLion以降、基本的に一般店頭では販売されず、同社のマック向けアプリケーションのオンライン配信サービス「Mac App Store」経由で、Mac OS X Snow Leopard以降からアップグレードするダウンロード版を販売しています。Lionも2600円と安価でしたが、Mountain Lionはさらに安い1700円です。ダウンロード版が安価なのも、店頭で配布するのではなくオンライン限定であること、そもそも同社のパソコンであるマックでしか動かないものであることなどが理由と考えられます。
対応製品についてはアップルの商品情報サイトをご確認いただくのが早道ですが、簡単に言えば、Mac App Storeが利用できるバージョンである、「OS X Snow Leopard」もしくは「Lion」が動作しているマックが対象となります。数多くの機能が追加されていますが、動作速度についてはLionとほぼ同等であり、動作に必要なハードウエアの性能も同等です。
では、具体的にどのような部分が改善されたのでしょうか? その多くは「よりiPad的にマックを使う」ことなのですが、方向性は主に2つあります。
まず、多くの人に関係するのが、純粋にソフトウエアで実現された「iOS的」な機能です。
もっとも大きな変化は「通知センター」と呼ばれる機能です。
パソコンの上では、様々な情報が「通知」されます。メールの着信やスケジュールの情報、OSのアップデートなど、その内容は色々です。そのため、通知の方法もまちまちで、使い勝手もばらばらです。それを統合し、一つのやり方で行うのが「通知センター」、というわけです。iPhoneやiPadなどで動いているiOSでは、iOS5より、電話やメールの着信などが「通知センター」という場所にまとめられました。これをマックでも導入したわけです。
通知は基本的に、画面右上に小さなウインドーとしてポップアップします(画像2)。単なる通知なら5秒で消えますし、予定などのように消えては困るものは、自分でアクションを起こさないと消えません。それらは、タッチパッドの右端から指を2本、内側にスワイプさせて呼び出せる「通知センター」からも見られます(画像3)。プレゼン中など、「通知されると困る」時には、通知センター上で、ポップアップ表示をオフにしておくこともできます。ただし、仮にオフにしたとしても、翌日には通知はすべて再開されるようになっているので、「オフにしっぱなしになって、大切な通知を見逃した」というミスは最低限に抑えられるように配慮されています。
iOS的な機能という意味で、通知センターの次に便利だと感じるのが「共有」です。
iOSでは、移動中に読んでいたウェブをTwitterでワンタッチで「共有」する機能があります。次期iOS「iOS6」では、Facebookで共有する機能も追加されます。これが、マックでも導入されるわけです。ただし、共有の範囲はもっと広くなります。
MLでは、(画像4)のようなアイコンが、色々なアプリケーションに追加されています。ここをクリックすると、今選んでいるもの・今見ているものを、他人と簡単に共有できるようになっています。例えば、ウェブブラウザー「Safari」では、表示されているウェブページをワンクリックするだけでTwitterに共有できます(画像5)。写真を見ている時は、それをワンクリックでFlickrやFacebookなどの写真共有サービスへアップロードできますし、メールで送ることももちろんできます。要は、「ファイルを選んでアップロード」「ファイルを選んでメールに添付」といった作業を、より簡単にしてくれるわけです。また、先ほど説明した「通知センター」には、TwitterやFacebookのメッセージなども一緒に表示されます。ですから通知センターから、Twitterのメッセージなどを書き込むことも可能になっています。
そのため、MLには、メールアカウント以外にも、TwitterアカウントやFacebookアカウントを登録するようになっています。自分のアカウントを登録しておくことで、OSがそれらのサービスを透過的に扱ってくれるのです。
例えば、グーグルのメールやカレンダー機能、アップルが「iCloud」で提供する機能、Facebookのスケジュール機能などは、本来それぞればらばらなものです。しかし、ML上では、すべてが統合されて「見える」ようになります。アドレス帳の上では、マックやiPhone上でこれまで管理してきた連絡先(住所録)の他、Facebookで友人になった人々の情報もまとめて見えるわけです。ただし、情報が混ざるわけではなく、Facebookに情報が勝手にアップロードされたりすることはないので、ご安心を。
メッセージのやりとりも、iOSに近くなります。
iOS5以降には「iMessage」(画面上では「メッセージ」というアイコンで表示されています)という機能が組みこまれました。これは、携帯電話でいうところのSMS・MMS機能を統合しつつ、iOS機器同士ではもっと自由で便利な「ショートメッセージのやりとり」が可能になるものです。メッセージを入力するとすぐ相手に届き、写真などの添付もできます。また、メッセージを入力中かどうかも表示でわかります。対話の履歴はそのまま残るので、知り合いとはすぐにチャットできるようになっています。iPhone同士・iPad同士で使うなら、なかなか便利なものでした。これが、ML以降はマックにも標準で搭載され、マック・iOS機器の間で使う「統合的チャットツール」に進化しました。すでに2月より、「ベータテスト」の形でLion向けにも公開されていましたが、MLでは「正式版」になった、という扱いです。
なお、iOS的な機能という意味では、iPhoneでおなじみの音声入力機能「Siri」のように、声で文字を入力する機能が挙げられます(画像6)。これはSiriと違い、キーボードの代わりに声で文字を入力することに特化したもので、機能の中身は違います。しかし、その技術にはSiriで培ったものが使われており、MLが動いているマック上の、すべての文字入力が可能な部分で、音声入力が可能です。実はこの原稿のうち、音声入力に関わるパラグラフは、すべて音声入力機能で入力したものです。修正箇所は、約240文字中15文字程度。検索対象やTwitterの「つぶやき」くらいなら、かなり実用的に使えるのではないでしょうか。
新ハードの価値を最大化、特に「Power Nap」「AirPlayミラーリング」に注目
「新しいハードウエア」を生かし、よりiPad的に使う新機能もあります。といっても、もちろんタッチパネルでタブレットのように使う、というわけではありません。iPadの備える特徴を、新しいマックの持つハードウエアで実現している機能が、MLでは色々と追加されているのです。
多くの人に大きな価値があるのが「Power Nap」という新機能です。これまでパソコンは、スリープ状態にあった場合、完全に「眠って」いました。メールを受信したり、データをバックアップしたり、OSのアップデートをしたりといった作業は、パソコンが起動している状態でないと働かなかったわけです。そのため、不必要な時にもパソコンを起動しておいたり、パソコンをスリープから復帰させたら、まずメールやスケジュールなどの情報を「更新」したりする作業が必要でした。
しかし、Power Napがあると変わります。1時間に一度、マックは画面をつけず、CPU負荷も最低に落とした状態で密かにスリープから復帰し、バックアップやメール受信、スケジュールの確認といった作業を自動的に行い、再びスリープします。すなわち、マックを次に立ち上げた時には、すでに「できる限り最新の状態」に保たれている、というわけです。
スマートフォンやiPadは、「常にネットワークをチェックし続けている」結果、いちいち毎回メールなどを受信しにいかなくても良い、という良さを持っています。Power Napは限定的ながら、その良さをマックにももたらすものです。OSのアップデートやバックアップは、電源アダプターが繋がった状態でのみ有効ですが、メールやスケジュールなどの受信については、バッテリーだけで動作している時にも使えます。常に動作し続けるわけではないのでバッテリー消費は最小限に抑えられますし、それすら気になる場合には、Power Napをオフにしておけばいいでしょう。
ただし、Power Napの活用には、最新の電力管理機能が必要になります。そのため、MLが動作するマックであっても、すべての機種で使えるわけではなく、2011年7月以降に発売されたMacBook Airと、MacBook Pro Retinaディスプレイモデルだけで使えます。
新しいハードウエアを生かしたMLの機能として注目されるのが、「AirPlayミラーリング」です。AirPlayというのは簡単に言えば、同じLANでつながれているiPhone 4Sなどの画面を、無線LANを経由してApple TVに転送し、Apple TVにつながったテレビにそのまま映す、というものです。
例えばゲームをする時、iPhoneやiPadでは、操作する指でどうしても画面が隠れてしまいます。しかし、AirPlayミラーリングならそんなことはありません。ちょっとコマ落ちもありますが、遅延などは意外と少ないものです。また、iPadに入っている資料や写真を他人に見せたい時にも、この機能を使えば、ワンタッチで簡単に、大画面テレビに映して見せることができます。しかも、この時ケーブルをつなぐ必要はありません。
これまでは、iPadやiPhoneなどで使えた機能ですが、MLからは、マックでも使えるようになります。しかも、MLのAirPlayミラーリングは、比較的新しいマックが使っている、インテル社のCPUに内蔵されたハードウエアエンコーダー(映像圧縮)機能を生かして動作するため、CPUの負荷を上げることなく、静かに動作します。シェアウエアなどの形で、マックでAirPlayミラーリングを実現するソフトが配布されていますが、それらはCPUに負荷をかけて実現するので、動作音や発熱、バッテリー消費などが気になる機能でした。しかしMLのAirPlayミラーリングはそうではありません。
CPUに内蔵された機能を使う関係上、MLのAirPlayミラーリングが利用できるのは、2011年前半以降に発売されたMacBook Proなどの、比較的新しい製品(具体的に言えば、CPUにインテルのSandyBridge版以降のCore iシリーズを使ったもの)だけに限られます。
また、Retinaディスプレイにも、正式に対応します。これは、最新のMacBook Pro Retinaディスプレイモデルから採用された機能。ディスプレー解像度が2880×1800ドットになり、とにかく文字や写真がなめらかで美しく見えるのが特徴です。現状はLionの特別バージョンを使って対応していましたが、本来はMLで対応します。いつになるかはわかりませんが、今後、15インチクラスのMacBook Pro以外でRetinaディスプレイに対応した製品が出てきた場合には、MLから用意されたRetinaディスプレイ対応の機能を使い、カバーしていくことになるでしょう。もちろん、OSだけでなく、ソフトの側でも対応が必要ですが。
iCloudでiOSと統合、「Documents in the Cloud」でファイル操作も変わる
新たな「統合」という意味で大きな変化を遂げたのが、iCloudとの連携による「Documents in the Cloud」です。
アップルは、iOS搭載機器やマックなどで使うクラウドサービスとして自社のiCloudを推進しています。iOS機器では、最初のセットアップ時にiCloudのアカウントを取得・入力するようになっていますが、ML以降、マックOSもそうなります。メールやカレンダー、写真の機器間での共有が主な機能ですが、そこで「対応ソフト」を使うと、ファイル共有機能である「Documents in the Cloud」も使えるようになります。
例えば、アップルのオフィスソフト「iWork」は、マック版・iOS版ともに、ML登場に合わせ、「Documents in the Cloud」などに対応するアップデートが行われます。
このアップデートの後は、iWork上で作成した文書はマックやiOS機器などの「中」だけでなく、iCloud上の自分の領域にも自動的に保存されます。マックで編集すればiOS側でもそれが反映され、移動中にiOS機器で修正すれば、またそれがマックの側にも自動反映されるわけです。どこでも同じデータが使える、という意味ではかなり便利です。Documents in the Cloudでは、従来のフォルダ・アイコン表示とは異なり、iOSでのアプリ表示に近い、文書の内容をアイコン化したような表示となります(画像7)。そのため、パソコンの流儀に慣れ親しんだ人には、ちょっと違和感があるかもしれません。
現在はアップル製ソフトのみで使われている機能ですが、開発者向けには機能が公開されているので、今後ソフトメーカーが対応すれば、アップル以外が作ったアプリケーションでも、Documents in the Cloudが使えるようになるでしょう。すでに他のクラウドサービスを使っている人であれば、さほど珍しいものでもないのですが、OSがこの機能を標準で備えることにより、難しいことを考えなくても使えるようになるのはメリットといえそうです。
セキュリティーをGatekeeperで強化へ
最後にセキュリティー面にも触れておきましょう。
多数のネットサービスのIDを透過的に利用するOSになったため、MLでは、それらでどの情報を使うのか、どのように利用するのか、をシンプルに判断できるようになりました。位置情報(無線LANの情報を使い、大まかに位置測定を行う機能を使えます)などの情報は、自ら許可しないと使えないようになっているので、内容を判断した上で「オン」にしましょう。
また、ソフトのインストールについては、新たに「Gatekeeper」という仕組みが設けられました。Gatekeeper導入以降は、セキュリティー面で審査のある「Mac App Storeからだけソフトをインストールする」方法、それに加え、アップルに本人確認を行った「デベロッパーIDが書き込まれたソフトだけをインストールする」方法、いままで通り「どんなソフトもインストール可能にする」方法、の3つが用意されます。要は、審査あり・開発者の身元確認あり・確認なしの3段階、といえます。
MLは標準では、デベロッパーIDの登録があるものとMac App Storeからのインストールが認められる状態になっており、いままでよりも安全性を高めた形になっています。自由度を求めるなら、いままで通り「すべてOK」に、安全性重視なら「Mac App Store経由のみ」にするのがいいでしょう。
なお、Gatekeeperの導入により、過去に作られたソフトのインストールができない可能性もあります。正式な対処法は各ソフトメーカーに確認すべきですが、Ctrlキーを押しながらソフトのアイコンをクリックし、「開く」を選ぶと、そのソフトだけを個別に、起動の許可を与えて動作させられます。Gatekeeperをオフにしてしまうよりは、こちらの方法での操作をおすすめします。
まとめです。
MLは、それだけで「劇的になにかが変わる」アップデートとはいえないでしょう。新しいハードや、iCloudなどとの組み合わせで、はじめて本当に大きな価値が生まれます。そういう意味では、ハード・OS・サービスを一体で提供するアップルらしいアップデートといえるかもしれません。Snow LeopardやLionを導入していない人は、無理に考えるより、新ハードウエアの導入に合わせて考えた方がいいでしょうが、すでにアップデート対象OSを使っているならば、価格が安いこともありますし、アップデートのリスクは小さいと考えます。
導入すると、「パソコンが持つ不自由さ」が少しずつ「スマホ時代の快適さ」に変わっていく。それが、MLの持つアップデートの価値でしょう。
【訂正】Power Napの対象機種の表記に「2010年秋以降に発売されたMacBook Air」がありましたが、「2011年7月以降に発売されたMacBook Air」の誤りです。訂正してお詫びします。
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OS X Mountain Lionへアップグレードする方法(アップル) http://www.apple.com/jp/osx/how-to-upgrade/
OS X Mountain Lion(アップル)製品情報 http://www.apple.com/jp/osx/
1969年東京都生まれ。主に初心者向けのデジタル記事を執筆。朝日新聞土曜版beの「てくの生活入門」に寄稿する傍ら、日経BP社のウェブサイト日経PC Onlineにて「サイトーの[独断]場」を連載中。近著に「パソコンで困ったときに開く本」(朝日新聞出版)、「すごく使える!超グーグル術」(ソフトバンククリエイティブ)などがある。
1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは「電気かデータが流れるもの全般」。朝日新聞、アエラ(朝日新聞出版)、AV Watch(インプレス)などに寄稿。近著に「形なきモノを売る時代 タブレット・スマートフォンが変える勝ち組、負け組」(エンターブレイン)、「メイドインジャパンとiPad、どこが違う? 世界で勝てるデジタル家電」(朝日新書)がある。