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2012年11月29日10時48分
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岡山県・哲西中学校に見る「教育とiPad」

写真:写真1:今回の舞台となる岡山県新見市立哲西中学校(撮影:西田宗千佳)拡大写真1:今回の舞台となる岡山県新見市立哲西中学校(撮影:西田宗千佳)

写真:写真2:社会科の授業中の風景。教壇の近くにインタラクティブ・ホワイトボードが、生徒の机にiPadがあるのが違い(撮影:西田宗千佳)拡大写真2:社会科の授業中の風景。教壇の近くにインタラクティブ・ホワイトボードが、生徒の机にiPadがあるのが違い(撮影:西田宗千佳)

写真:写真3:面接シミュレーションを生徒同士で。資料として手元に持っているのは、紙ではなくiPadだ(撮影:西田宗千佳)拡大写真3:面接シミュレーションを生徒同士で。資料として手元に持っているのは、紙ではなくiPadだ(撮影:西田宗千佳)

写真:写真4:教室の後ろにはロッカーが。一見普通のロッカーだが、中にはたくさんのiPad充電器が。夜間はここにiPadが保管されて、充電も行われる(撮影:西田宗千佳)拡大写真4:教室の後ろにはロッカーが。一見普通のロッカーだが、中にはたくさんのiPad充電器が。夜間はここにiPadが保管されて、充電も行われる(撮影:西田宗千佳)

写真:写真5:廊下に設置された無線LANアクセスポイント。一般的な市販品で、特別なものではない。これが校内に設置され、どこでもネットが使えるようになっている(撮影:西田宗千佳)拡大写真5:廊下に設置された無線LANアクセスポイント。一般的な市販品で、特別なものではない。これが校内に設置され、どこでもネットが使えるようになっている(撮影:西田宗千佳)

写真:写真6:生徒達が授業で日常的に作っている文書。こういったものを、レイアウトからタイプまで、自分で毎日作り、先生へと提出している(撮影:西田宗千佳)拡大写真6:生徒達が授業で日常的に作っている文書。こういったものを、レイアウトからタイプまで、自分で毎日作り、先生へと提出している(撮影:西田宗千佳)

 タブレットの教育運用については、世界中で様々な試みが行われています。今回は、岡山県新見市立哲西中学校(写真1)で行われている事例をご紹介したいと思います。(西田宗千佳)

 タブレットで教育といえば電子教科書……というイメージをお持ちかもしれません。しかし、哲西中学校での事例は、それとは違います。むしろ「文房具としてのタブレット」を軸とした試みです。学校で、当たり前の文房具としてタブレットが使われるようになるということは、どういうことなのでしょうか? 今回は、その姿を実例から考えてみましょう。

「文房具」として、生徒1人1台にiPad

 哲西中学校では授業中、先生と生徒の全員がiPadを使っています。授業中にはもちろん、机の上には、教科書やノートと一緒にiPadが置かれています。

 写真2は、社会科の授業の1シーン。先生が使っているのは、「電子黒板」「インタラクティブ・ホワイトボード」(以下IWB)などと呼ばれるディスプレイの一種。画面にパソコンの画面や映像を表示できるだけでなく、スタイラスペンや手などで書き込みや操作ができます。巨大なタッチパネルのようなもの、と思っていただいてかまいません。IWB自身はすでに珍しいものではなく、学校に導入が進みつつある機材の一つです。

 でも、表示されているものは、一般的な授業風景とはちょっと違います。先生から出された「地球温暖化」についての質問について、生徒が答えた内容が一覧表示されているのです。しかも、手書きした文章が。テレビのクイズ番組では、回答者の答えが司会者の近くの画面に一斉に表示される、というシーンを見かけます。それとちょっと似た印象です。先生は回答を読み上げつつ、生徒にその内容を問いかけながら授業を進めます。

 ここで使われているのが、生徒の手元にあるiPadです。スタイラスペンを使って画面に手書きした回答が、IWBへと転送されて表示されるようになっているのです。

 別の教室では、また別の事例がありました。中学3年生の教室では、高校に進学する際に行う面接のシミュレーションが行われていました。基本的には、自分でなにを話すべきかを決めて、生徒同士で面接を再現するような形です。この時にもiPadが活躍しています。生徒の手にあるのは、紙の資料でもノートでもなくiPad。学校から配布された面接に関する資料や、自分で書いた面接用の原稿などをiPadに表示して使っていました。ちょうど、ノートや紙の資料をチェックしながら使うように、です(写真3)。

 双方の授業について、大切な共通点が1つあります。

 それは「見学用の授業を見に行ったのではない」という点です。哲西中学校では、日常の授業で毎日、普通の「文房具」としてiPadを使っています。見学したのも、特別な研究授業などではなく、日常的な授業の様子です。特殊なソフトを使っているわけでも、特殊な電子教科書を使っているわけでもありません。紙のノートと教科書、ペンを使い分けるように、その中に普通にiPadが共存しているのです。その様はある意味、我々が仕事の中でパソコンを「普通の道具」として使っているのに似ています。

 哲西中学校は、全教室・全生徒にiPadが貸与されています。教室の後ろには、貸し出されたiPadを収納し、充電しておくためのロッカーがあります(写真4)。これも、一見特別なものには見えません。ロッカーを開けると大量にiPadの充電器とケーブルが並んでいて、実はちょっと異様な様子なのですが。

 そして、iPadを学校中で普通の道具として使うために、校内ではあらゆる場所に無線LANが用意され、インターネットが使えるようになっています。教室や廊下はもちろん、運動場や体育館から花壇まで、です。運動場では、生徒が自らのフォームをiPadで撮影、生徒同士で見せ合ってチェックし、花壇では花の情報を検索して世話に生かす……といった形で使われています。

学校全体を無線LANでカバー、学びの「時短」に

 このような形で使えているのは、新見市の方針によるところが大きくなっています。哲西中学校へのiPad導入を担当する、新見市役所・情報管理課の真壁雅樹さんは次のように説明します。

「新見市は、市全域に光ファイバーを敷設し、全戸に提供するラストワンマイル事業を実施しています。その結果、学校にも光ファイバーによるインターネットが整備されました。これは市が学校の運営のためにに敷設するインターネット回線とは別のものなので、自由な利用が可能です。無線LANの利用もOKなので、学校内にまず無線LANを広く敷設してしまいました。現状では、アクセスポイントを各廊下に2台(写真5)、体育館にも2台、廊下にも用意し、学校全域で使えるようにしています」

 そして、2012年1月より、全生徒に1台ずつタブレット端末の導入することになったのですが、そこではすんなりiPadに決まったわけではなく、最初は色々と問題もあったようです。そそも、真壁さん自身、タブレットの導入には当初かなり懐疑的だった、と話します。実は真壁さん、元々は国語の講師を行っていた経験があり、その効果に疑問を持っていたからです。

「正直私は、最初反対でした。しかし、実際にiPadを使ってみると、『これは色々使えて便利だ』という意見に変わっていったのです。なにより、管理がとても楽です。多少設定が変わっても、ソフトがおかしくなってもすぐに元に戻せる。これならどんな使い方をしても大丈夫だろう、と安心できたのです。ウィンドウズですと、今はシステマチック過ぎるといいますか、少々複雑過ぎると感じます。それに、どのようなアプリがあって、どう使えばいいかの情報が多く、見通しがつきやすいのも良いところです。バッテリーで非常に長く動作するのも大切な点です。パソコンでは短すぎて……」

 哲西中学校において、授業にiPadやIWBを使う利点はどこにあるのでしょうか? 真壁さんは、次のような先生方からの評価を教えてくれました。

「なにより、先生方の授業に余裕ができる、ということです。例えば、板書の時間が少なくなります。もちろん、最初は表示用の文書を作らねばならないので時間がかかります。しかし、それは複数の授業で使い回しが効きます。書いて消して、という時間が短縮されるので、授業に余裕が生まれます。例えば、今までならば2時間かかっていた授業が、半分の1時間で終わってしまったりします。その分、生徒にいろんなことをさせることができるのです」

 その片鱗は、私たちが見学した社会科の授業からも見えていました。生徒の回答を一瞬で画面に表示できるので、生徒に黒板に書かせたり、読み上げさせたりする時間が短縮できます。その分、たくさんの生徒に答えを聞いて、主題についてより深い検討を加えることができるようになるわけです。

 哲西中学校で使われているアプリは、ほとんどが特別なものではありません。生徒と先生の間で情報共有・教材共有に使われているのも、オンラインストレージサービス「Dropbox(ドロップボックス)」やドキュメント管理サービス「Evernote(エバーノート)」といった、多くのスマートフォンユーザーが使っている、教育専用でないもの。例えば宿題の提出にしても、ノートやプリントに書いたものをiPadのカメラで撮影し、Dropboxで共有するだけ。シンプルといえばあまりにシンプルですが、それでも、ノートを実際に集めて採点をして返す、という手間を考えると、圧倒的に楽になっている、と言います。唯一特殊なのは、IWBでの情報共有に利用している「BeeDance」という、双方向授業支援ソフトですが、これも代替が効かないものではない、と言います。一般的に使われているアプリや、iPadに備わっている機能を使うだけでも、授業には十分高い効果があるのです。今後は「剣道の授業でFaceTime(アップル製品同士で、無料で使えるビデオ通話サービス)を使って、遠隔地にいる専門家の方から指導を受けるようなこともやっていきたい」とのことです。

使ってみてわかる「文房具」としての価値

 このように定着するまでには、いろいろと議論があったようです。

「実際、親御さんからは『なぜゲーム機を子供に渡すのか』という意見はありました。なので、とにかく実際にさわっていただいたんです。学校から貸し出したiPadを持ち帰る日を作っているのですが、その日に体験していただくと、子供が遊んでしまう、という意見もなくなってきました。自由に10個だけ、好きなアプリを入れていい、壁紙なども変えていい、と指示をしていますが、そこでも、完全に遊んでしまう生徒は少ないようですね。また、家のパソコンで子供がなにをしても、先生は口を出せません。しかし、学校から貸し出すiPadなら、また話は別です。iPadから情報リテラシーを学ばせる、ということもできるようになっています」

 このような環境ができあがっているのは、学校の特質も影響しています。哲西中学校は、1クラスが20名程度という小さな学校です。なので、先生がクラス全員の状況を完全に把握し、管理下で使わせることができています。そのためか、学校の授業風景は非常に落ち着いたものです。その特質が、iPadに向いていた、ともいえるようです。

 さらに真壁さんは、「校長先生の思い切りが、最終的な決め手になった」とも言います。

「校長先生が許諾しないと、こういった形での利用はできません。そこで思い切っていただけたことは大きいです。iPadも、落とせば壊れてしまいます。予備はあまり用意できていないので、できれば避けたいことです。しかし校内では『壊してもしょうがないし、その時には怒る。でも、使うことを萎縮させてはいけない』としています。修学旅行の時にも、1グループに1台持って行き、記念写真撮影や地図の閲覧などにつかっていました。そこでも1台落として壊していますが、そうやって好きなようにつかってもらっています。せっかくのiPadなのだから、iPadらしくつかってもらいたいじゃないですか」

 iPadを文房具化して、先生の道具にも、生徒の道具としても使う。それが、哲西中学校の選んだ「iPad利用法」でした。生徒のみなさんも、驚くほどふつうの道具としてiPadを使いこなしています。先生の中にはこの授業スタイルの良さに惚れ込み、「異動になった時、先方でiPadを使っていなかったらどうしよう」と冗談混じりに語る人もいるそうです。

 ある生徒さんは、画面上のキーボードを高速にタイプしながら、こう話します。

「物理的なキーボードですか? 別にいりません。これで十分だし……」

 彼女は、左手は指で、右手は文字を書くためのスタイラスペンで、器用にソフトウエアキーボードを操作していきます。その速度は、パソコンのキー入力とそう違わないほどです。きちんとしたレポートや文書なども、ソフトキーボードだけでこなしていきます(写真6)。彼女たちにとって、初めてさわった「タイプする」機器がiPad。携帯のテンキーでも、パソコンのキーボードでもないという、新しい世代が生まれつつあるのを感じます。先生たちも「レポートや質問内容に絵文字が入ってくる」とちょっと苦笑いします。まあ、それだけ彼らの生活に密着している、という証拠ではあるのですが。

プロフィール

斎藤幾郎(さいとう・いくお)

1969年東京都生まれ。主に初心者向けのデジタル記事を執筆。朝日新聞土曜版beの「てくの生活入門」に寄稿する傍ら、日経BP社のウェブサイト日経PC Onlineにて「サイトーの[独断]場」を連載中。近著に「パソコンで困ったときに開く本」(朝日新聞出版)、「すごく使える!超グーグル術」(ソフトバンククリエイティブ)などがある。

西田宗千佳(にしだ・むねちか)

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは「電気かデータが流れるもの全般」。朝日新聞、アエラ(朝日新聞出版)、AV Watch(インプレス)などに寄稿。近著に「漂流するソニーのDNA プレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「スマートテレビ スマートフォン、タブレットの次の戦場」(アスキー・メディアワークス)、「リアルタイムレポート デジタル教科書のゆくえ」(TAC出版)がある。

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