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【出版】「委託販売」から「買い切り」へ 本の流通を変える様々な動き

2009年4月10日

  • 筆者 星野 渉

 出版業界には「責任販売」という言葉がある。仕入れた側が責任を持って売るという、商売の世界ではごく当たり前で、改めて言うまでもないことなのかもしれないが、出版流通・販売の世界では、いま最も重要なキーワードのひとつになっている。前月号の本欄で福嶋聡氏が紹介した、筑摩書房社長が提案した時限再販による取引も、この「責任販売」のひとつである。

 ただし、「責任販売」に明確な定義があるわけではない。その範囲は、書店や取次が仕入れたものが売れ残っても返品できない「買い切り」から、返品すると仕入れ価格よりも安くなる「返品ペナルティー」など、方法は様々で、主体も筑摩書房のような出版社(メーカー)からのほか、大手取次(流通)、書店(小売)のそれぞれから提案されている。共通しているのは、「返品」をなくす、ないしは削減しようという点である。

◆返品率の異常な高さをどうやって減らすか

 その背景には、出版業界では書店に送品した商品のうち、書籍で40%以上、雑誌では35%前後が返品されているという現状がある。

 ある大手取次によると、この返品を削減すれば流通経費が200億円、またあるオンライン書店の試算によると、製造コストなどを含めれば2千億円という巨額の経費が削減できるといわれている。

 返品減少で生まれた原資を業界内で配分し、特にこれまでマージンが低く抑えられてきた書店が、人材やサービスに投資できるようにすることを目指している。全体の市場が収縮し、収益源だった雑誌の販売不振と広告の減少などで業界全体の収益性が悪化する中で、この手つかずのムダが、鉱脈として注目を集めているわけだ。

 そもそもこれだけの返品が発生する原因は、「委託制度」と呼ばれる返品が自由な取引制度と、出版社と取次が商品供給のイニシアティブを持つ「配本」という流通形態にある。市場に近い書店が商品を選んで仕入れているわけではないのだから、売れなくて返品される本が多いのは当然だ。

 もちろん、取引制度を「買い切り」に変更すれば、こうした返品は少なくなるに違いない。しかし、長年「委託制度」に慣れきった出版業界では、多くの企業が仕入れの意識からしても、資金繰りからみても、急激な変化に耐えられそうにない。そこで、「委託制度」の中で「買い切り」を併存させる「責任販売」が提唱されることになる。

 いわば、「委託制度」から「買い切り」に移行する中での激震緩和策だともいえる。

 この「責任販売」は30年以上前から繰り返し提唱されてきた、実は古くて新しいテーマである。しかし、かつての提案の多くは業界全体に向けられたもので、今のようにメーカー、卸、小売から様々な提案がなされ、しかもそれが「業界のため」ではなく、自社の成長のための取り組みであったことはない。

 そういう意味で、この動きは、日本の出版業界がプロダクトアウトからマーケットインに転換する流れとみて間違いない。

 それは、これまで「委託制度」と「配本」の元締めであった大手取次から、ここ数年「責任販売」が提案されていることをみてもわかる。

◆出版界の「黒船」アマゾンジャパンの提案

 大手取次の一社である日本出版販売(日販)の社長が、今年の新年会で「委託から買い切りへ」と発言したことが業界で大きく取り上げられた。

 日販が実施している責任販売は、書店と日販と出版社が書店店頭のPOS端末で収集した販売データを共有し、市場の需要に応じて商品供給をする仕組みである。ここに参加する書店、出版社と日販は、返品率を15%以内に抑える代わりに要求された商品はきちんと供給するなどの契約を結び、達成度に応じて書店の取り分を増やすというものだ。同社は今年、これまで限られた書店で行ってきたこの仕組みを、他の書店にも広げていく計画だという。

 また、昨年秋には小学館が「RFID(非接触認証技術)」による責任販売の実験を行い、今年7月以降も同様の仕組みで実施することを発表している。そして筑摩書房の「時限再販」提案は、他の複数の出版社とともに実現に向けた検討が始まっている。さらに今年、小売側からも本格的な提案があった。それは、2000年に日本に参入し、“黒船”と呼ばれたアマゾンジャパンである。

 数字は公表されていないが、同社の返品率はいまでも業界水準から比べれば極めて低いといわれている。これをさらに低くすることと、予約というオンライン書店ならではの機能をつかって需要予測をして、新刊の段階から「買い切り」で仕入れることも可能だと出版社に提案した。

 かつて、「責任販売」を提唱したのは、日本書店組合連合会(現在は日本書店商業組合連合会)という書店の事業者団体だったが、はじめから業界全体の改革を目指した組合の運動は、出版社側の警戒感もあって、上手く実を結ばなかった。

 しかし、アマゾンジャパンは国内のオンライン書店の中でもずば抜けた販売力を誇り、現在では日本の全書店の中でも最大級の売り上げ規模に達しているとみられている。しかも、普通の書店ではできない、インターネットを使った緻密なマーケティングが可能である。同社の提案を、無視できる出版社があるだろうか。まさに“黒船”の本領発揮である。

 市場の欲求に応えて商品を供給していくという流れは、他の業界では当然のことであるが、プロダクトアウトの象徴のようであった出版業界も、いよいよ変わるのかもしれない。それが、読者にとって何を意味するのかは、まだわからない。

星野 渉 ほしの・わたる

文化通信社取締役編集長、東洋大学非常勤講師。1964年東京都生まれ。國學院大学卒。共著に『オンライン書店の可能性を探る.書籍流通はどう変わるか』(日本エディタースクール)、『出版メディア入門』(日本評論社)など。

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