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【新聞】一気飲み事故は「自己責任」か? 打破すべき客観報道の消極性

2009年6月10日

  • 筆者 服部孝司

 昨年3月、神戸市内の私立大学の男子学生=当時20歳=が、クラブの合宿中、急性アルコール中毒が原因で死亡した。新聞各紙は4日後の朝刊で、大学発表を元に「飲酒による事故」として報道した。社会面トップで報じた神戸新聞のほかは、朝日、毎日、読売は地方版に短く掲載した。各紙とも学生の死は不慮の事故であるとし、毎日、読売は「飲酒の強要はなかった」との警察の見方や大学発表を加え、神戸は「自己責任で飲むことを意識してほしい」との救急医のコメントを載せた。

 1年後の今年3月、遺族は「息子は学生たちに焼酎の一気飲みを強要されて急性アルコール中毒で倒れたにもかかわらず長時間放置され、嘔吐物がのどに詰まり窒息死した」と学生たちと大学を相手取って神戸地裁に損害賠償請求訴訟を起こした。

 訴状によると、春の合宿ではクラブを引退した3年生の前で現役の下級生が焼酎ボトルを空になるまで回し飲みすることが慣例になっており、事故当夜、大学所有の宿泊施設で2年生13人が4リットルの焼酎原液を回し飲みした。2巡目が回ってきた被害者は周りの手拍子とイッキコールにあおられ、1巡目と合わせ約600ミリリットルの焼酎を飲み干したという。被害者は、しばらくして嘔吐し、昏睡状態となったが、学生や宿泊施設の管理人は翌朝まで救急車を呼ぶなどの処置を取らず、学生たちで動かそうとした際、嘔吐物が気道を塞ぎ窒息死したという。

 学生たちや大学の責任の有無は今後裁判で争われるが、ここで問題にしたいのは、新聞メディアのアルコールハラスメントに対する意識の低さである。昨年3月の初報は当事者である大学の発表を鵜呑みにした内容であり、記者が独自取材した続報もない。1年後に遺族が起こした訴訟も神戸、毎日、共同通信が報じたが、提訴されたことを伝えたにすぎない。一気飲みに象徴されるアルハラの実態にメスを入れる姿勢が見られず、記者やデスクの問題意識の低さを感じずにいられない。

 大学のクラブやサークルなどの飲み会で、急性アルコール中毒になり死に至る事故が後を絶たない。わかっているだけでも昨年は5人死亡しており、病院で治療を受けて助かった件数はかなりの数になると思われる。酒席での差しつ差されつが懇親を深めるという慣習に根差しているためか、各紙とも飲酒運転に対してのような厳しい論調は見当たらない。

 医療のページなどに注意を呼びかける記事が載ることはあっても、起きてしまった事故の報道はほとんどが短信扱いである。識者談話などに登場する「自己責任で飲め」との見解にしても、飲酒経験が少なく酒量の限界を知らない20歳前後の若者が先輩らにあおられる中で、一気飲みを拒むことがいかに難しいかという点をどこまで考慮しているのだろう。

 飲酒運転にしても、06年の幼児3人を死亡させた福岡での事故がきっかけとなって、報道の姿勢は格段に厳しくなった。新聞が飲酒運転の犯罪性を世に知らしめたのではなく、世論の高まりに引っ張られるようにキャンペーンを張り、身内に対しても厳しい処分を科すようになった。だが、惨事があってから腰を上げる報道姿勢には、認識されていない悲劇や暴力を世の中にさらし、社会を変えていくジャーナリズムの責務が忘れ去られているのではないだろうか。

◆豊島産廃事件に通ずる報道姿勢を反省するとき

 そこで思い起こされるのは、産業廃棄物が不法投棄され続け、環境汚染の代名詞ともなった香川県の豊て島しまの報道である。兵庫県警が強制捜査に乗り出す1990年まで、不法投棄が始まってから13年間、新聞各紙はまったく記事にしなかった。周辺の小豆島などからは豊島から上がる野焼きの煙は見えたし、島の住民が香川県庁に投棄反対の陳情をしているにもかかわらず無視されてきた。

 新聞労連新研部が98年発行の「新聞研究 ゆうとぴあ」で特集した「沈黙の13年 豊島産廃事件、もうひとつの謎」には、行政や警察が動くまで記者が主体的に不法投棄を暴こうとしなかった事実が赤裸々につづられている。当時、各紙の高松支局に勤務していた記者12人は口をそろえて「知らなかった」と同誌に答えているが、「気づかない」「知らない」が、どれほど被害を長期化、拡大化させたか、メディアにとって豊島事件はあまりにも痛いケーススタディーといえる。その根底には、起きたこと、行われることを伝えてよしとする客観報道の消極性が横たわっているように思えてならない。

 一気飲みに対しても、マスコミより司法の方が一足先に「犯罪」ととらえる動きが出ている。今年2月、静岡地裁浜松支部は、ホストクラブの店員に大量の酒を飲ませて死亡させたとして傷害致死罪に問われた被告に「飲酒の強要は傷害にあたる」として実刑判決を下した。朝日は「飲酒を強要して傷害致死罪に問われ、有罪判決が出たのは全国初ではないか」とのイッキ飲み防止連絡協議会事務局のコメントを載せている。

しかし、アルコール薬物問題全国市民協会(ASK)〈http://www.ask.or.jp/〉が語るように「飲酒の強要をめぐる刑事責任の追及では、傷害致死の疑いでいったん調べられた場合でも、書類送検で終わるケースが大半。そのほとんどが嫌疑不十分で不起訴処分になっている」(中日新聞)のが実態である。

 今年に入っても死亡事故は発生している。新聞をはじめとするメディアが一気飲みを「暴力」として報道していかなければ、悪しき慣習は野放し状態であり、これからも若い命が奪われていく。被害者はもちろん、一生重荷を背負わねばならない加害者をつくらないためにも、記者には司法や世論に先駆けて警鐘を鳴らす使命がある。一気飲みを報道する姿勢が豊島の轍を再び踏んでいるという事実に一刻も早く気づいてもらいたい。(「ジャーナリズム」09年6月号掲載)

   ◇

服部孝司 はっとり・こうじ

神戸新聞社地域活動局長。1951年北九州市生まれ。大阪芸術大学卒。75年神戸新聞社入社。文化生活部長、編集局次長などを経て現職。

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