現在位置:
  1. asahi.com
  2. ライフ
  3. デジタル
  4. メディアリポート
  5. 記事

【出版】グーグル和解案の波及効果か いま国会図書館で起こっていること

2009年8月10日

  • 筆者 植村八潮

 インターネットで世界中の書籍を検索できるようにする─。グーグルが掲げた目標が実現すれば、図書館の閉架書庫で埃をかぶったままの図書も、出版目録からはずされたままの絶版本もよみがえることになる。

書籍の全文検索が可能になれば、もはや文献調査のために書棚の前に立って片端から閲覧する必要はなく、論文の引用リストを手がかりに文献を探索する作業も過去のものになるだろう。

 和解案の是非は別として、ユーザーの利便性の点から評価すれば、グーグルブック検索は疑いもなくすばらしいサービスである。その恩恵を受けられるのであれば、対価の支払いに躊躇はしない。広告モデルによる無料提供である必要はなく、従来のレファレンスデータベースや電子書籍の配信ビジネス同様に、個人向けには有料サービスとし、図書館とは有料契約を結んで来館者に提供すればよい。

◆国会図書館に127億円 蔵書のデジタル化加速

 図書のデジタルアーカイブ(検索可能な本文データベース)の重要性が再認識されたことも、グーグル和解案の波及効果の一つといえるのではないか。これによって、日本でも、著作権法改正に加え、補正予算により国会図書館のデジタル化計画が一気に進むことになった。

 2010年1月1日から施行される改正著作権法により、「インターネット等を活用した著作物利用の円滑化を図るための措置」として、「国立国会図書館における所蔵資料の電子化」については、著作権者に許諾を取ることなく可能となった。国会図書館では、従来から明治・大正期の図書14万8千冊をデジタル化し「近代デジタルライブラリー」として公開してきた。著作権者を追跡するなど、この実現のために、約2億円を費やしたという。この手続きが不要になるのである。

 この法的整備を背景に、前年の100倍規模となる約127億円が補正予算に計上された。これにより1968年までの図書、博士論文、古典籍、官報など約92万冊の蔵書のデジタル化に取り組むことになる。これが景気対策予算の一つだと聞くと、いささか首をかしげたくもなるが、いずれにせよ、民間に図書のデジタル化作業が業務委託されることとは別に、アーカイブを元にした需要が喚起されていかねばならない。

 著作権の円滑な流通をめざす目的はよいとしても、デジタルアーカイブは、従来、出版社が印刷メディアによって果たしてきた役割の何を代替するのだろうか。

 出版活動は、印刷による複製技術と物流による頒布を基盤としている。そして情報の「生成・流通・販売サイクル」の一つとして、生成加工を行っている。この活動は、読者が対価を支払うのに見合った作品とするために、情報の選択や編集、信頼性を付与する作業である。

 デジタル出版は、デジタル複製とネット流通を基盤とすることでローコスト化を実現したが、コンテンツについては一般に思われているほど安くはならない。それは人間の知的活動による情報生成に、経費が大きなウェイトを占めているからである。いうまでもなく、この著者による「生成」を支えているのが出版社である。

◆雑誌協会事業にも予算 記事アーカイブ化も前進

 一方、デジタルアーカイブは、その名のとおり「蓄積・保存」を基本としており、理論的には誰もがアクセス可能である。グーグルブック検索のようなサービスを行えばネット上の「流通」を担うこともできる。今回の改正で国立国会図書館では、著作権の切れていない図書資料については検索・閲覧が館内利用に限定されたが、将来は千代田図書館のように館外からの貸出サービスを行うことも求められるようになるだろう。もちろん、それでは著者の知的生産活動や出版産業が成り立たなくなる。その前に、なんらかの利用制限か補償金制度が整備される必要がある。

 言い換えれば、図書館活動の延長上にあるデジタルアーカイブは、ネットを利用した「流通」システムである。ただし、新たな情報の生成は従来の出版システムに依存したままであり、販売については未整備のままである。これでは、グーグルブック検索も国会図書館のデジタルアーカイブも既刊書の再流通システムに過ぎない。両者はデジタルコンテンツの流通インフラを整備するトリガーとなっただけである。

 補正予算の127億円と比較すると、100分の1程度にすぎないが、コンテンツ流通インフラの整備にも国家予算がつくことになった。総務省が募集した「ICT利活用ルール整備促進事業(サイバー特区)」の実施テーマに、日本雑誌協会が応募し、このほど「雑誌コンテンツのデジタル配信プラットフォーム整備・促進事業」として採用されたからである。今後2年間の実証実験を通じて、デジタル雑誌のビジネスモデルの確立をめざすという。

 従来、取り組んできたような出版社単位、個別雑誌単位でのビジネス展開では勝算が見えない。そこで出版社横断的な雑誌記事アーカイブを構築し、新たな価値創出をめざそうというのである。

 検証すべきテーマは既存雑誌コンテンツの使用許諾ルール、コンテンツ作成の手順やファイル形式、さらにビジネスにしていくためのサイト運営や専用端末機の開発など多岐にわたっている。そこでは書籍の本文をスキャニングするといった単純な作業ではない取り組みが求められている。

 過去の雑誌記事の横断的な検索や表示が可能になれば、書籍アーカイブ以上の魅力が期待できる。コンテンツ管理に関与せず、インフラの研究に投資するという、とても有効な国家投資ではないだろうか。(「ジャーナリズム」09年8月号掲載)

   ◇

植村八潮 うえむら・やしお

東京電機大学出版局局長。

1956年千葉県生まれ。78年東京電機大学工学部卒業。東京経済大学大学院コミュニケーション研究科博士後期課程修了。共著に『出版メディア入門』(日本評論社)など。

・「ジャーナリズム」最新号の目次はこちら

掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。

検索フォーム
キーワード:


朝日新聞購読のご案内