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【出版】出版界をめぐる様々な状況と対応 話をややこしくしているもの

2009年9月10日

  • 筆者 福嶋 聡

写真拡大図:読者の文字情報へのアクセスルート(「ジャーナリズム」09年9月号掲載)

 出版界の業界紙「新文化」は7月9日号、7月16日号の2回にわたり、「2009年 出版界上半期の動き」という特集を組んだ。それぞれ、「構造疲弊?…合従連衡、体質改善の大波」、「脱委託、中古本…生き残りかけて」と題され、「業界再編・DNP連合」「Googleブック検索裁判」「取次の配送・返品協業化」、「責任販売 版元も続々」「中古本新たな動き」「上期新規店 2極化?」と3本ずつの見出しが並んだ。

 「疲弊」、「生き残りかけて」など、危機感に満ちた語が目立つ。売り上げの下降、雑誌の休刊、出版社の倒産、書店の廃業と、出版界の現状を見ると、それも当然のことだし、記事のほとんどは、危機を脱しようとするさまざまな試みで埋められている。

 この欄で星野渉氏や私が取り上げてきた「責任販売制」もやはり大きなトピックとなっている。ずいぶん前から再販制・委託制に基づいた日本の近代出版流通システムが行き詰まりつつあることを主張してきた、『出版状況クロニクル』(論創社)の著者小田光雄氏ならば、遅きに失した上に業界全体としてはまだまだ消極的に過ぎると、さらに活を入れるであろうが、それでも、講談社、小学館、筑摩書房など、大手、老舗出版社が今までにない危機意識を持っていることは、間違いない。

◆ソフトとハード両面で出版業界に再編の大波

 そのような出版物販売の仕組を「ソフト面」とするならば、「ハード面」である「業界再編」も、出版社、取次、書店にわたり、かつそれらを縦貫して複雑に絡み合った動きも見られる。なかでも、見出しに登場するくらいに「再編」の中心的存在となっているDNP(大日本印刷)が、講談社、小学館、集英社らと行ったブックオフの株式取得は、前々号での本欄(星野氏)の紹介の通り、出版界を「震撼させた」(「新文化」)。

 その一方で、新刊書店が中古本を複合アイテムの一つとして取り込む動きも、目立ってきた。書店店頭で、新品本と中古本が並列販売されている風景も、珍しくなくなってきている。

 こうして書店が扱う商材そのものの揺れが、「業界再編」をさらに促進する大波と化しているとも見えるのである。

 小田光雄氏が言うように、雑誌に支えられた日本の近代出版流通システムが立ちゆかなくなったことが、危機の大きな要因であろう。「責任販売制」などの販売条件、流通条件の見直しも、さまざまな企業再編も、危機認識の共有の上のものだと思われる。

 そうした中、やはり「Googleブック検索裁判」が異彩を放つ。

 このテーマは、出版流通システムの「制度疲労」という業界内の問題を大きく越えて、かつそうしたシステムの前提となる問い、すなわち書籍という商材の存在理由(レゾン・デートル)さえ問う(但し、後述のとおり、否定的に問うとは限らない)ものだからだ。

 書物という乗り物(ヴィークル)に乗ったコンテンツが、丸ごとインターネット空間に公開され、誰もが無料でアクセスできるようになる。乗り物である書物を流通させることによってコンテンツを公(パブリック)にし、書物の販売を通じてその対価を取ることが出版(パブリッシュ)という生業であったのだから、書物の流通を媒介としないコンテンツの伝播に出版界が危機感を募らせることに不思議はない。

◆両刃の剣的なグーグルブック検索

 しかしながら、今やインターネット空間には書物と無関係なコンテンツの大海が横たわっていることを思えば、「Googleブック検索」は、出版界にとってはなお両義的な存在と捉えるべきである。両刃の剣ではあろうが、著者や出版社に益する可能性も大いにあるのである。

 山形浩生氏は、「新文化」6月4日号に「グーグル『ブック検索』は著作権者・利用者に利益をもたらす」という文章を寄せ、次のように語る。

 「せっかく何かのテーマについて深く詳細な本を書いても、世間の人は、グーグル検索で出てくる安易でインチキなネット解説ばかりを参照するので、いらだたしい思いをしている著者も多い。それが解消される」

 「たとえばポット出版は、むしろグーグルの動きを歓迎するという声明を出した。かれらは、ブック検索がもたらす収益機会や宣伝機会の増加を十分に理解している」

 グーグルの側から見ても、「正しい検索結果を出すためにも、既存の知的体系に沿った情報源がある程度ネット上にあることを必要としているのだ。本は、それを可能にしてくれる」という。つまり、一方でグーグルは、書物の存在理由を証言してもいるのである。ついでに言えば、グーグルと共に「黒船来航」と呼ばれることも多いアマゾンは、書店はともかく、理屈の上では出版社にとって脅威でも何でもないはずだ。既存の書店が食われた分をアマゾンが販売するという状況は、計算上何の問題もないからである。

◆状況と対応を腑分けして出版危機を考えると

 出版界の危機が叫ばれ始めて久しいが、ここのところ特に感じるのは、出版界をめぐるさまざまな状況とそれへの対応の試みを、いくつかの層に腑分けして、問題の混同を避けることの必要性だ。先ごろ刊行された『書棚と平台』(弘文堂)で、柴野京子氏が「話をややこしくしているのは、出版産業体の経営問題と一般的な読書問題との混同である」と指摘する通りである。

 その上で、腑分けされた層同士の連関を改めて考えてみることが、次に重要な作業となる。二段階にわたるそうした作業が、出版界全体の状況判断と対策を、それぞれ正確で有意義なものにするために不可欠なものであると、私は考える。

 そこで、(文字)情報を求める「読者」が、情報にアクセスする方法の選択肢を、系統図風(図)にまとめてみる。

 「Googleブック検索」の問題は、分岐(2)の段階での問題であり、アマゾンの脅威は、分岐(3)での問題である。「読者」の選択を遡れば、その前にインターネット上のコンテンツを選ぶか、書物のコンテンツを選ぶかという分岐(1)がある。それぞれの分岐点での選択の動機・理由は、それぞれ独立した別個のものである。状況と対応を腑分けし混同を避ける必要があるのは、それゆえである。

 一方、「読者」がリアル書店で本を購入するのは、(1)、(2)、(3)の分岐点をすべて右側に下りてきた時のみである。上位の分岐は、下位の分岐の前提となる。腑分けされた層同士の連関とは、まさにそのことであり、そもそも(1)の分岐点で「読者」が右に下りることが、すなわち、書物を選択する動機・理由が、言い換えれば、インターネット上のコンテンツに対する書物に乗ったコンテンツの優位性こそが、すべての前提になるということなのである。それゆえ下位の分岐点における状況判断も対策も、すべてその前提を頭に置いたものでなければならない。

 書物の「優位性」とは何か?そもそもそれは存在するのか?

 先に挙げた、グーグルにとっての書物の必要性が、ヒントとなろう(グーグルは、まさに両義的だ)。書物という乗り物(ヴィークル)にのったコンテンツの堅牢さ、信頼性、すなわち書物という媒体の典拠性、ブランド性。それこそ、出版=書店業界の存在理由(レゾン・デートル)にとって、第一の前提なのである。(「ジャーナリズム」09年9月号掲載)

   ◇

福嶋 聡(ふくしま・あきら)

 ジュンク堂書店難波店店長。

 1959年兵庫県生まれ。京都大学卒業。82年、ジュンク堂書店入社。仙台店長、

大阪本店店長などを経て09年7月から現職。著書に『劇場としての書店』(新評論)など。

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