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【放送】ペンタゴン文書事件からペンタゴン・ビデオ事件へ

2010年6月10日

  • 筆者 金平茂紀

写真拡大ウィキリークスではペンタゴンから流出したビデオをCollateral Murder(付随的な殺人)と名付け公開している。民間人の犠牲者を軍がCollateral Damage(付随的な損害)と呼ぶのを皮肉っているのだろう。画像の中の人物は犠牲者のナミール・ヌア=エルディーン

写真拡大ヘリの兵士がカメラマンのカメラなどを自動小銃や対戦車兵器と誤認。狙いをつける(Collateral Murderからの画像)

写真拡大ヘリから機銃を発射。倒れたり、逃げたりしても執拗に掃射し続けた(Collateral Murderからの画像)

写真拡大負傷者を助けにきたバンを「遺体と兵器を回収しにきた」と断定し、攻撃許可を求める(Collateral Murderからの画像)

写真拡大負傷者をバンの中に運び込んだ直後に攻撃開始。このバンの中には2人の幼い子どもが乗っていた(Collateral Murderからの画像)

写真拡大攻撃の8分後に地上部隊が到着。犠牲者の遺体を装甲車が轢く。ヘリではそれを笑いながら会話(Collateral Murderからの画像)

写真拡大子どもが2人負傷したと聞くと、「戦闘に子どもを連れてきた奴らの落ち度だな」「その通り」(Collateral Murderからの画像)

「おい、あのろくでなしどもの死体をみろよ」

「 やったね(Nice.)」

「 おみごと(Good shooting.)」

 

「発射!」

「やったぞ。すごい」

「すごいな!」

「ああ、ほれぼれする」

「ナイスなミサイルだな」

「どう? よかった?」

「ほれぼれするよ」

 まさにテレビゲームを楽しんでいるように、その殺さつ戮りく行為は続いていた。ヘリコプターからの機銃掃射とミサイル攻撃を決行している米兵たちは、明らかに興奮の絶頂にあった。ヘリのコックピットと地上司令部の間で交信された会話記録には、笑い声と罵ののしりの言葉が入り交じり、敵を殺すことは、えも言われぬ快楽をもたらしてくれるものだ、と、告白しているかのようだ。

 2007年7月12日、イラクのバグダッドで米軍がアパッチ・ヘリから地上のイラク人たちを攻撃した際の機密ビデオが、インターネットの内部告発サイト「ウィキリークス」(http://wikileaks.org/)によって公開されたのは、今年4月5日のことだ。この攻撃によって少なくとも11人のイラク人が死亡し、2人の小さな子どもを含む計8人が重軽傷を負った。死亡者の中にロイター通信のカメラマン、ナミール・ヌア=エルディーン(22)と運転手のサイード・シュマフ(40)が含まれていた。

◆機密指定ビデオを内部告発者が提供

 この事件の直後から、ロイター通信は、米軍当局に攻撃の経緯の説明を求めると共に、米情報公開法に基づき、ヘリに装着されたピンポイント・カメラによるビデオ映像の公開を求めていた。ところが国防総省はこのビデオ映像を機密指定して、その存在は闇のなかに埋もれたままになっていた。それが3年という時間を経て公になったのは、軍の内部告発者がデータを秘かに持ちだしたからである。

 ビデオはあますところなく攻撃の非道さを物語っていた。その映像と兵士たちの会話からは、ロイター通信のカメラマンが所持していたカメラを自動小銃のカラシニコフAK47と誤認している様子や、負傷して地上を這いながら逃げようとしていた男性に情け容赦なくとどめを刺すシーン、さらには遺体と負傷者を収容するために到着したバン車両に対しても徹底的な攻撃を加えて撃破するシーンなども含まれていた。

 あまりに残虐なそのビデオ映像は、ネット上で夥おびただしい数のアクセスを呼び起こした。ユーチューブにアップされたこのビデオ映像は600万回以上再生された。いわゆる主流メディアの新聞・テレビも無視できない状況が生まれ、全国ネットのニュースでも扱われた。僕自身も最初にその映像をブログメディアサイト「ハフィントン・ポスト」で見たときの衝撃をよく覚えている。

 さらにインディペンデント系のニュース番組「デモクラシー・ナウ!」でもキャスターのエイミー・グッドマンが大きくこの軍の機密ビデオのことを報じた。エイミーは、ウィキリークスの創設者の一人ジュリアン・アサンジ記者(オーストラリア人)を番組に出演させて、かなり詳細に、ことの経緯を報じていた。エイミーは、このウィキリークスのスクープを、1971年のペンタゴン文書事件にも匹敵する調査報道の成果だと非常に高く評価していた。

◆内部告発の収集・分析がウィキリークスの報道

 ペンタゴン文書事件では、ベトナム戦争についての国防総省の機密文書(およそ7千ページにも及ぶ)をダニエル・エルズバーグ博士が持ち出してニューヨーク・タイムズなどに手渡し、この文書をもとにベトナム戦争政策の是非を真正面から問いかける記事が同紙で連日掲載されたという経緯がある。時のニクソン政権がベトナム戦争の実態を国民に隠していることが内部告発によって暴露された歴史的な事件である。事件は、ベトナム停戦交渉への引き金の一つにもなったと言われている。

 ウィキリークスは2006年に欧米、台湾、豪州、南アのジャーナリストらが立ち上げた。これまで120万件もの内部告発情報を収集・分析し、調査を経てその一部を報じている。これまでにいくつものジャーナリズムの賞を獲得している。中国からの亡命者に関する情報や多国籍企業の不正、旧ソ連諸国の情報、スイス銀行に関するマネーロンダリング情報や宗教団体サイエントロジーの内部資料、共和党副大統領候補だったサラ・ペイリンのヤフーアカウントがハッキングされて流出したメールに至るまで実に広範かつ膨大なリーク情報が集まっている。今回のスクープで同サイトはまたもや特筆すべき一頁を加えたことになる。

 内部告発は日本では組織の裏切り者のような扱いを受けることが多いが、欧米の社会では、暴いた真実によって民主主義社会が間違った方向にいかないようにしたと認知されれば、英雄扱いさえされることもある。例えば前記のペンタゴン文書事件もそうだし、ウォーターゲート事件でも、いわゆるディープスロートの内部情報が決定的な役割を果たした。エンロン事件なども然りである。

◆腰が引けていた主流メディアの報道

 この軍機密ビデオを欧米のメディアはどう報じたか。ある意味では、このことが、テレビや新聞、ネット・ジャーナリズムの未来を暗示しているようで実に興味深い。

 ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストはさすがに紙面できちんと報じていたが、地上波の大手テレビ局の腰が引けているのが印象的だった。

 CBSイブニングニュースは、この映像がインターネットに公開された当日、項目で言えば第10項目に1分30秒でこのニュースを伝えている。ニュースの冒頭で「残虐な映像が含まれているのでご注意ください」とのことわりを入れ、日本でよくあるような映像処理(いわゆるボカシ)などは一切なく流していたのは評価できるが、ニュース原稿は実に腰が引けていた。最後の締めのコメントも、《少なくとも武器を持っていない市民が攻撃されたことは(ビデオから)わかるが、当時バグダッドにいたあるジャーナリストは「とても状況が混乱していて不安定で暴力が頻発していたなかでの出来事だった」と話している》というものだった。何だかペンタゴンを恐れて言い訳をしているように聞こえてしまう。だが報じる姿勢をほとんど欠いた日本のメディアに比べればはるかにマシだ。

 一方、大手以外のテレビ局ではデモクラシー・ナウ!に加え、MSNBC(マイクロソフトとNBCが設立)が、軍事専門家や元軍人、さらに市民運動サイドも参加させながら、このビデオの衝撃をかなり時間を割いて伝えていた。インターネットのニュースサイトでも、当のウィキリークスをはじめハフィントン・ポストなどで、このビデオ素材は大々的に取り上げられた。

 ヨーロッパでは、フランスやドイツではむしろアメリカよりも長く伝えられていたほか、アイスランド国営放送サービスがほとんどトップニュースの扱いで長く報じていた。同局はもともとウィキリークスとは協力関係にあって、事件で死亡した者の遺族らのインタビューを撮るために同局から記者がバグダッドに派遣されている。

 国防総省は、このビデオが本物であることをすぐに認めたが、奇妙なことに、中央軍司令部スポークスマンのジャック・ヘンズリック大佐によれば、問題のビデオが所在不明になっているというのである。まるで、どこかの国の外務省の「密約文書」が消えてなくなったかのような奇怪な出来事である。ゲーツ国防長官は、公開されたビデオは「脈絡を欠いており、戦場で起きていることがらの全容を示すものではない」としたうえで、「細いストローから見える狭い範囲だけで、戦争を語っているようなものだ」と不快感をあらわにした。国防総省は、このビデオ映像が公開されたからといって、不正行為があったかどうかについての再調査を行う意向はないと突っぱねている。

◆兵士が実名で遺族に謝罪の公開書簡

 だが、事態は思わぬ方向に大きく展開した。

 当時のバグダッドで一連の軍事作戦に従事していた2人のアメリカ軍兵士、ジョシュ・スティーバーとイーサン・マッコードが、遺族らに対して責任を認めて謝罪し、和解を求める公開書簡を実名で公表したのだ。その書簡によれば、ビデオにあるような非道な攻撃は「日常茶飯事だった」と述べたうえで、自分たちは、アメリカ社会に「人道を回復する希望をまだ捨て去ってはいない」と述べている。

 実は、この機密ビデオが公開された当日、僕はエイミー・グッドマンに話を直接聞く機会をもつことができた。彼女は当日の朝にデモクラシー・ナウ!でこの機密ビデオを報じたことで気分が高揚していた。その時の彼女とのやり取りの一部を掲げておこう。

 《エイミー:ここで大切なことは、罪もない市民が殺されていることです。カメラマンであろうと、ロイターの雇われであろうと、殺された市民は全員がイラク人だということです。このビデオテープの映像、兵士たちの会話、それらは笑っていたり、罪のない市民を標的にしているわけですが、実に耐えがたいものです。

 同じく大切なことは、このビデオの流出経路、つまりウィキリークスを通じてという経路のことです。軍の内部の人間も匿名でならビデオテープをリークできることが重要なんです。まさに新しいメディアです。それこそ我々が確実にこの情報を入手できる手段なのです。アメリカ人がこの映像をみれば、誰でも非難するでしょう。こんなことの片棒は担ぎたくない。こんなことは善良なアメリカ人がやることじゃない、とね。

 金平:ブログと主流メディアの役割が逆転したということですか?

 エイミー:いや、ブログこそが主流なんですよ。それこそがアメリカの主流を代表している。主流メディアで語られていることはもはや主流じゃない。それらはある意味で極端なメディアです。

 主流メディアは戦争を煽あおっている。それらは戦争の映像をなかったことにしようとする。だから人々は何が実際に起きているのかわからない。ブログがやっていること、ウィキリークスやデモクラシー・ナウ!が毎日やっていることこそが主流なんです。それこそ多くの人々が気にかけていることです。多くの人は戦争に反対だし、拷問にも反対だし、それこそが世界が理解しなければならないことです》

 エルズバーグの時代には、内部告発情報はまず新聞社に持ち込まれ、ニューヨーク・タイムズのニール・シーハンをはじめとする記者たちが体を張ってそれを報じた。それをまた、競合メディアのワシントン・ポストやCBSイブニングニュースのウォルター・クロンカイトらが側面から援護した。当時のニクソン大統領は、ニューヨーク・タイムズの発行禁止を求める仮処分申請の訴訟を起こしたが、当時の新聞社の経営陣はそれと真っ向から対たい峙じする矜きょう持じがあった。結局、裁判は最高裁まで持ち込まれ、機密漏ろう洩えいの罪に問われていたエルズバーグらの側の勝利に終わった。

 それから40年近い歳月が流れた。今や内部告発者は、ビデオという形で、インターネットの独立系のメディア・サイトにそれを最初に持ち込んだ。ウィキリークスは時間をかけて調査報道を行い、その成果を一般に公開した。それを主流のメディアが一歩引いた形(腰が引けていると言っても過言ではない)で報じているさまを見ると、僕はとても複雑な気持ちを抱かざるを得ない。

 エイミーの言う通り、主流のメディアは決定的な何かを失いつつあるのではないか? マスメディアの最も重要な機能のひとつ=権力の監視機能(ウオッチドッグ)の嗅きゅう覚かくが劣化しているのではないか? これは本当に深刻な問いかけである。

◆「合理的狂気」とマスメディアの責務

 さて、アメリカ軍が、実際に戦地に兵士を赴かせるにあたって、テレビゲーム仕立てのシミュレーション装置を使って、兵士たちの戦意を高揚させるプログラムを導入していることは、よく知られている事実である。それは現実感を喪失させ、目的を冷徹に遂行するための一種の「麻薬」のような働きをしている。「麻薬」を使った者を非難するのは実はそれほど困難ではない。僕らが流出した軍の機密ビデオをみて兵士たちの非道を非難するのが容易であるように。

 本当の悪徳とは、その「麻薬」をプログラムに導入している政策決定者らの「合理的な狂気」とでもいうべき心性にある。例えば、ブッシュ政権下で拷問を正当化するアドバイスを与えていた司法省顧問のジョン・ユー(John Yoo)のような人物の悪徳である。敵という人間存在を、正確に、無駄なく、罪悪感なしに、合理的に抹消すること。あるいは、快感さえ伴って消し去ること。その「合理的な狂気」をこそ、マスメディアは暴露する責務がある。

 4月末から10日間ほどグアンタナモ海軍基地と不法敵性戦闘員(unlawful enemy combatant)の収容所を取材する機会があった。空調が効いていて、ステンレスのトイレやテーブルがしつらえられ、衛星放送によって娯楽番組がみせられているその収容所環境をみて、僕はそこにも「合理的な狂気」のありようをみたように思った。そしてその「合理的な狂気」こそが、戦争を支配する人間の理性の負の姿なのである。

 今回のウィキリークスの挑戦は、そのことを僕らに考えさせるきっかけを与えてくれたことは確かだ。(「ジャーナリズム」10年6月号掲載)

【記事に関連するサイト】

「ウィキリークス」 http://wikileaks.org/

「デモクラシー・ナウ!」 http://www.democracynow.org/

「ハフィントン・ポスト」 http://www.huffingtonpost.com/

「MSNBC」 http://www.msnbc.msn.com/

   ◇

金平茂紀(かねひら・しげのり)

TBSアメリカ総局長。1953年北海道生まれ。1977年TBS入社。モスクワ支局長、「筑紫哲也NEWS23」編集長、報道局長などを経て08年7月より現職。著書に『テレビニュースは終わらない』『報道局長 業務外日誌』など。

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