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2012年6月8日
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メディアリポート

【新聞】新聞の活用進む教育現場で必要とされる読みやすい新聞

筆者 小島一彦

 この春から名古屋市内の私立大学でジャーナリズム論の講座を受け持っている。弊社の先輩から講座のひとつを引き継いだかたちだが、もとより授業内容は先輩の水準に遠く及ばない。週1コマの授業の準備に悩む毎日だ。

 新聞記者がこの手の授業を受け持つと、必ず聞いてみたい質問がある。新聞を定期購読していますか? 新聞を毎日読みますか?と。現在、文学部の学生約70人が受講しているが、「購読している」には20人ほどが手を挙げた。おっ意外にいるじゃないか―。だが、次の質問にはたった2人だった。事前に先輩から「いまの学生は新聞を読まないよ」と聞いていたので、予想通りだが、若者の新聞離れの実態に接し、愕然とした。

 授業内容は新聞を中心にメディアの現状や歴史、その功罪や体質、病理など多岐にわたる。まだ、数回の授業で手応えはこれからだろうと、思っているが、気になるのは学生たちがおとなしすぎることだ。できるだけ質問を受け、対話しながら進めたいと考えていたが、質問はほとんどしない。私語も少ないし、携帯電話に没入する学生も見掛けない。居眠り組は時々見掛けるが、とにかく真面目で静かなのだ。こんなものだろうか、今時の学生は?

 私は、編集委員の傍らNIE事務局も兼務している(NIE=Newspaper In Education)。中日新聞のNIE活動は小中高校での出前授業や、教員を対象にした新聞活用講座、新聞切り抜きコンクールなどが中心だ。なかでも愛知教育大学との連携講座では、授業に新聞を活用する実践講座が特色となっている。今年は岐阜大学教育学部からも要請があり、事務局デスクが社会科教育講義に出向くというので、先日参観させてもらった。

 須本良夫准教授が受け持つ社会科では、数年前から「新聞を活用して学ぶ」をテーマに、デスク経験もある新聞記者を招いた授業を取り入れている。「今の学生はサークルや講義で知り合った数人の世界に閉じ籠もりがち。発言や討論など面倒くさいことは避けようとする。将来、先生をめざす学生が自分の考えを持てず、批判的な思考もできないようでは困る」と思い、新聞活用の授業を、その訓練の一環として取り入れたという。

 この日は午前と午後の講義で、NIE事務局デスクは「新聞とは NIEとは」として各90分間、新聞から歴史を学ぶ実例や、新聞制作の流れ、記者・デスクの仕事、よい文章とはなにか、新聞を授業に活用するアイデアなどについて話した。教室では140人ほどの学生が聴講。私語もなく、メモを取り、聴き入る姿は熱心なのだが、残念ながら彼らから発言や質問はなかった。須本准教授によると、受講生の半数以上が教職志望という。いずれは彼らが教壇に立ち、子どもたちに発言や質問を促す立場になるのだが、大丈夫だろうか―と老婆心ながら心配になった。

 プロジェクターで古い新聞紙面を映すと、学生たちの反応があった。それらは、関東大震災直後に在日朝鮮人の暴動が起きたというデマを報じた新愛知(中日新聞の前身)の号外や、当時の新聞広告、太平洋戦争が終わった翌日の中部日本新聞(同)の原子爆弾に関する記事などで、デスクは「例えば歴史の授業で、こんな新聞を見せながら子どもの関心を向ける先を示すのが教師の仕事。新聞は生の歴史を刻んでいる。教科書にはない歴史を学ぶおもしろさを教えてほしい」と強調した。

●20年以上の活動の末やっと芽生えたNIE

 NIEは27年前の1985年の新聞大会で日本新聞協会が提唱して始まった。もし、「教育に新聞を」活用するNIEが教育現場に浸透していたら、若者の新聞離れという今日の状況にならなかっただろうか。残念ながら、そうは思わない。なぜなら、(1)販売促進の手段としない、(2)教育現場を混乱させない、(3)地域推進組織の申し合わせは尊重する―などの原則が、結果的に各新聞社を総すくみ状態にし、「笛吹けども踊らず」にさせているからだ。

 バブル景気の80年代、新聞業界はまだ元気だった。バブル崩壊後も、今ほどの危機感はなかった。NIE活動も総論賛成ではあったが、各論は足並みバラバラという状態だった。昨年度から新学習指導要領に新聞学習を位置づけたが、もっと早くできなかったものか。弊社のNIE委員会で「NIEを実践している先生が点でしかない。それが線になり、面になることが必要だ」と指摘する委員がいたが、その通りだろう。NIE活動は砂漠に種をまくようなものだ。水をやり、適度に肥料を施し、やっと芽が出る。20年以上も続けてきたNIE活動はやっと発芽の段階を迎えたといえる。葉が茂り、実がなるのはこれからだ。

 昨年の3・11東日本大震災を機に新聞の信頼度が高まったという調査結果があり、改めて新聞が見直されている。中日新聞の発行エリア(愛知、岐阜、三重、静岡、長野、福井、滋賀、石川、富山の9県)で展開している2011年度新聞切り抜きコンクールでは、大震災をテーマにした作品が多く、応募点数も過去最多の9801点だった。教育現場での新聞活用は確実に増えている。だからといって喜べない。新聞社側も読者に親しまれる新聞づくりを怠ってはならない。少しでも読みやすい記事や見出しづくりに努めたい。そのためにも新聞記者自身が変わらなくてはいけないと思う。

 『新版 現場から見た新聞学』(学文社)に「こんな記者はいらない」という記述があった。「読者を教え諭すのが新聞の仕事、と信じている『教諭』記者。暮らし密着の記事より天下国家論が大事、と思いこんでいる『サムライ』記者。……少しぐらいの脚色は許される、という『お化粧』記者。……こういう記者が新聞記事をつまらないものにし、読者の新聞離れを促してきた」。自戒の言葉としたい。(「ジャーナリズム」12年6月号掲載)

   ◇

小島一彦(こじま・かずひこ)

中日新聞社編集局編集委員。1951年長野県生まれ。青山学院大学卒。中部読売新聞社(現・読売新聞中部支社)を経て84年中日新聞社入社。文化部次長、放送芸能部長、大阪支社編集部長などを経て現職。

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