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2012年6月8日
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メディアリポート

【放送】北朝鮮ミサイル発射に「緊迫」 過熱報道のテレビが伝えないもの

筆者 金平茂紀

:与那国島での陸上自衛隊による救助訓練(筆者撮影)与那国島での陸上自衛隊による救助訓練(筆者撮影)

写真:テレビを熟視する中山石垣市長(4月13 日午前8時前、筆者撮影)テレビを熟視する中山石垣市長(4月13 日午前8時前、筆者撮影)

 一般的には、テレビ報道の強みは、何といっても速報性と映像情報の豊かさにあると思われている。だが、実はそれ以上に、地上波テレビの場合、一斉同時送受信というこのメディア特有の伝達方式がある。視聴者は放送局から送られてくる同じ内容の放送を同時に、誰かれの区別なく大勢で否応なく見なければならない、という伝達の方式のことを言っているのだ。

 新聞は読者が読む。読むとは意志的な選択行為である。インターネットは個人がアクセスする。キーボードやタッチパネルに触れる。これも意志的な選択行為には違いない。ところが、テレビの場合は、流れている。ただただ流れている。スイッチをオンにした瞬間、視聴者は一種、受動態になる。

 これは考えてみれば実に恐ろしいことでもある。意識操作や洗脳という極限的な事態さえ想定できるからだ。実際、独裁国家のテレビはそのような機能を果たしてきた事実があるし、国策強化のためにテレビがPR係として奉仕してきた例もある。だからこそ、これまでの短くはないテレビの歴史のなかで、優れたテレビ局経営者、優れたテレビ制作者、優れたテレビ取材者、自覚的なテレビ送信者たちは、受動態にある視聴者をいろいろな意味で「覚醒させる」工夫を凝らしてきた。「覚醒させる」とは、別の言葉でいえば、視聴者に自分の頭で考えさせる、視聴者の想像力を拡大させる、メディアの情報を自身の頭で判断させるということでもある。

 のっけから観念的な言葉ばかり並べてしまったが、そういうことをあらためて痛感させられる出来事を取材する機会があったからだ。「北朝鮮が人工衛星と称する事実上のミサイル」の発射騒ぎである。「称する……」という表現自体がきわめて政治臭を含んでいる。語彙のニュアンスをここであらためて確認するまでもないが、「ウソをついている」にきわめて近い。

 結局4月13日の早朝、打ち上げは失敗に終わり、日本の領域には影響がないとの発表がなされ、このニュースは急速に萎んでいった。自分自身も含め、日本のメディアは、結果的には、壮大なカラ騒ぎを演じてしまったと言えるのではないか。

 今回の場合、北朝鮮当局が事前に多数の海外メディアを国内に入れ、人工衛星を公開した上、これが平和利用のための打ち上げであって、なんら非難されるいわれはないなどと主張した。北朝鮮入りしたメディアはこれを懐疑的な皮肉交じりの論調で詳報した。日本のメディアのなかでは、共同通信とNHKがその「恩恵」に浴した。

 よほど注意深い視聴者ならば気づいていたかもしれないが、北朝鮮入りした日本からのテレビメディア各社にはある種の「待遇分類」が設けられていた。それが、北朝鮮当局のどのような判断に基づくものであるのかは判然としていない。一説によれば、そこには朝鮮総連の意向が働いていたという見方もあるが、確認のしようがない。

 だが、〈入国不可〉=フジテレビから、〈入国許可+打ち上げ現地取材は不可〉=日本テレビ、テレビ朝日、TBS、そして〈入国許可+現地取材も許可〉=NHK(ピョンヤンからの生中継も取材初期から許可)というように、目に見える形で「待遇」が分類されていた。このような「待遇分類」の影響も手伝ってか、結果的にメディア各社の報道は過熱化することになった。まるで、かの国での取材の劣勢を、日本国内での取材で挽回しようとするかのごとく。

●現象をなぞるだけのテレビでいいのか

 もうひとつ、報道を過熱化させた要素は、北朝鮮当局の時間幅を持たせた発射予告である。「4月12日から16日のいずれかの日の午前7時から正午に発射」という予告の仕方は、「現在」に最大価値を置くテレビというメディアにとっては、該当する時間をフルカバーしてでも現象を伝え切るという放送の態勢を誘導してしまう。その証拠に4月13日の打ち上げ時には、テレビ東京を除く在京各テレビ局が、生中継を含む速報態勢で打ち上げをめぐる情報の混乱の一部始終を報じていた。各局とも、自局だけが横並びで遅れをとることを極端に恐れているのだ。それはテレビというメディアのいわば本能のような部分でもある。だが、テレビはそのように現象をなぞるだけのメディアであっていいのだろうか。

 首相官邸、外務省、警察庁、そして防衛省は、今回の北朝鮮によるミサイル/人工衛星の発射に対し、「不測の事態」に備えるとして、準臨戦態勢のような取り組みを敷いた。とりわけ防衛省は、田中直紀防衛大臣が、「迎撃態勢」を整えるとして「破壊措置命令」なるものを発令した(3月30日)。そして、航空自衛隊のパトリオット・ミサイル(PAC3)や海上自衛隊のイージス艦を大々的に配備・展開した。

 それに対してテレビメディアがどのように対応したか。もちろんこうした当局側の動きを逐次伝えることも必要だろう。だがそれだけでは現象をなぞるだけに終わってしまう恐れがある。それどころか、人々に必要以上の不安や憎悪を煽りかねず、結果的に、冒頭に記した視聴者を「覚醒させる」方向とはおおよそ逆向きに視聴者を誘導する機能を果たしかねない。

 では具体的にどのような情報が必要だったか。例えば、実際にミサイル/人工衛星の打ち上げ成功の確率はどの程度のものなのか、何らかの原因で落下したり破片が落ちたりする確率はどの程度なのか。迎撃できる可能性はどの程度なのか。そうした迎撃態勢の「実効性」の検証が必要だった。もちろんそうした報道がゼロだったとは言わぬが、比重が圧倒的に小さかった。さらには、必要以上の態勢がとられていたのではないか。資金面での規模はどれほどだったのか。もっと言えば、ロケット打ち上げの科学技術面での軍事利用/平和利用の転用性についての突っ込んだ議論がある。僕らはそれを原発をめぐる議論で一応考えたはずではなかったのか。

●牧歌的な訓練風景と一人だけ防災服の市長

 僕自身はその騒ぎの渦中、飛行ルートに近いとされる沖縄県の石垣島、さらには軌道がそれた場合の落下物等が懸念されると「称して」陸上自衛隊が配備された与那国島を取材していた。沖縄への自衛隊配備はそれ自体、国内政治の面ではデリケートな部分を含んでいる。それが今回の騒動で、沖縄現地では問答無用のなし崩し容認にされかねないという声も上がっていた。それゆえに沖縄取材に力を注いだ。結果的には取材をして大いによかったと思っている。

 そもそも与那国島は自衛隊誘致で島民の意見が二分されている場所である。そこへ島民をまもると「称して」陸上自衛隊員50名が配備された。現場の隊員たちは落下物に当たって負傷した島民を救助する訓練をしていた。牧歌的な風景がひろがる島の闘牛場広場でのことである。化学防護服とガスマスクに身を包んだ隊員(他は迷彩色の戦闘服)が、これも自衛隊員が扮する島民(普段着)が落下物に当たって倒れているのを発見して担架で救助する訓練だ。通報→発見→救出→搬送→除染といった段取りを30分以内にてきぱきとこなしていた。現場は4月なのに熱い日差しが注いでいた。もちろんカメラマンはそれを丹念に撮影する。僕らもそれをリポートする。だが大事なことは、それを取り巻く大状況であろう。

 その時だった。「モーーー!モーーー!」。道を隔てた向こうから、近くの牧場で飼われている与那国牛が鳴いている声が届いた。何だか一遍に緊張感が解けた。この牛の鳴き声こそが重要な情報である。

 現地で誘致反対運動をしている主婦に話を聞いたら、自衛隊誘致反対の声を新聞記者に話して記事になった途端、ネット上でひどい中傷にさらされ、もうメディアの取材は受けたくないと言われた。文面から判断して、ネット上の匿名の投書のほとんどは明らかに本土からのものだったそうだ。

 PAC3が2基配備された石垣島では、予想をはるかに超えて行政当局の異様な昂りようが感知された。中山義隆石垣市長は市役所内で一人だけ防災服を着こんで、メディアの前に姿をみせていた。市役所の2階にあるJアラート(消防庁が整備した全国瞬時警報システム)の受信装置の前には、テレビカメラがずらりと並び「その瞬間」を待ちうけていた。

 実際、Jアラートは、その瞬間、全く機能しなかった。4月13日午後7時50分頃、情報は第一報から混乱をきわめ、韓国テレビYTNの第一報がメディアの口コミで僕らのいる現場にも伝わり、ほぼ同時に石垣市当局は、市役所に常駐していた自衛官から「何らかの動き」について情報の提供を受けた程度。市長もテレビを真剣に見ながら情報を確認したりしていた。現場で実際に見ていたからわかることである。午前8時過ぎには、エムネット(内閣府が整備した緊急情報ネットワークシステム)から「わが国としては発射を確認していない」という情報が市役所に入ってきたので情報はいっそう混乱した。

 その間、石垣市内は全く平穏そのものだった。島で会ったある人は、「ミサイルに当たらないように毎日、反復横跳びの練習をしていたさあ」と冗談を飛ばしてきた。

 ところで、地元の新聞・八重山毎日新聞の去年7月の紙面にこんな記事が載っているよ、と島の人から教えられた。石垣島にある物体が漂着した。ところがその物体が種子島宇宙センターから打ち上げられたH2Bロケットの破片と判明した。中山石垣市長はこれをたいそう喜んで「(地元の)星まつりで展示したい」と述べたそうだ。H2Bロケットは、宇宙航空研究開発機構と三菱重工が共同開発した人工衛星打ち上げ用ロケットだ。その人はニコニコしていたが、何だか奇妙にブラックなユーモアだなあと思った。

●全国放送で流れない沖縄の真実

 石垣島や宮古島には東京や福岡から応援取材という形で大量のメディアが入り込んだが、地元の事情などわからないまま、発生事件の取材モードで現地入りしたのではないか、と疑われる感覚の人間も少なからずいたのだろう。東京と地元・沖縄の発射騒ぎに対する温度差もかなりのものだったように実感した。テレビ画面の右上に「緊迫高まる石垣島」だの「緊張の宮古島」だののサイドスーパーを入れっぱなしにして、早口でまくしたてる東京向けのリポートがいかに真実と異なっていたか。

 沖縄での僕らの系列局RBC(琉球放送)の夕方ニュースのキャスターのリポートは、はるかに落ち着いて実情をよく報じていた。街の中はいつもと変わらず平静であること、実は東京などからのマスコミ関係者で石垣にやってくる飛行機が込み合っていて難儀したことまで、しっかりと伝えていて感心した。NHK沖縄のローカル放送では、石垣市に配備されたPAC3警備のため、自衛隊員に実弾のこめられた小銃を携行させることが沖縄県で初めて実施されたことなども報じていた。だが、全国放送には流れていなかった。

 実際、ことが終わってしまえば、以上述べてきたことがらは何も考えられずに、また同じことを繰り返すのだろうか。そんなことであっていいはずがない。石垣島出身で長年、那覇でテレビ報道に関わってきた旧知の人物と話をした。彼は僕に言った。「復帰40周年の節目の年に、本土から応援取材と〈称して〉やってくる人たちに言いたいですね。自衛隊のPAC3が、整地されて土を盛られ、石垣島に配備された映像をどんな思いで見ていたかわかりますか。僕は自分の故郷の風景が〈凌辱〉されたと思いました」。(「ジャーナリズム」12年6月号掲載)

   ◇

金平茂紀(かねひら・しげのり)

TBSテレビ執行役員(報道局担当)。1953年北海道生まれ。77年TBS入社。モスクワ支局長、「筑紫哲也NEWS23」編集長、報道局長、アメリカ総局長などを経て2010年9月より現職。著書に『テレビニュースは終わらない』『報道局長 業務外日誌』など。

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