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2012年11月9日11時29分
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【出版】生ビールを飲みながら本が選べる 「街の本屋」復活めざすモデル書店

筆者 星野 渉

 今年7月、東京の下北沢にB&Bという書店がオープンした。売り場面積は30坪弱と小規模だが、「これからの街の本屋をめざす」という目標を掲げ、経営を維持、継続させるための工夫をしていることが、いままでにない試みだ。

 この書店を作ったのは、ブックコーディネーターの内沼晋太郎氏と、博報堂ケトルという会社の代表を務める嶋浩一郎氏。

 内沼氏は大学生の頃から、書店でアルバイトをしたり本に関するイベントを手がけたりして、いまはNUMABOOKSという事務所を作り、いろいろな小売業の書籍売り場をコーディネートするなどの活動を続けている。一方の嶋氏は、広告代理店である博報堂で広告の仕事をするなかで、書店人が選ぶ本屋大賞を仕掛けたり、雑誌の書店特集に参加したり、本や書店に関わる仕事も数多くしてきた。

 これまで外から書店について語り、書店に関わる仕事をしてきた二人が、あえて「街の本屋」を立ち上げたのは、自分たちが必要だと思う小規模な、最寄り書店が消えていくことに危機感を持ったからだという。

●本との偶然の出会いを駅近書店で実現したい

 二人が考える「街の本屋」とは、「(本との)『偶然の出会い』を街ゆく人の日常の中に生み出すべく手を尽くすこと。それが『街の本屋』」(同店のホームページから)だという。オンライン書店や大型書店、そして電子書籍などを否定するわけではないが、それらとは違った本との出会いの場としての「街の本屋」が必要だという思いである。

 広告代理店がらみの企画というと、話題性で人目を引き、協賛を募って宣伝するといった短期的なイベントというイメージを持たれるかもしれないが、B&Bは長く続けることをめざしている。

 開店費用は内沼氏が代表を務めるNUMABOOKSと、嶋氏の博報堂ケトルが出しているが、家賃の安い物件を探し、人件費も結構切り詰めている。そして、こうした費用をまかなうための収入源をいろいろと準備しているところを見ても、この試みが、他の人にも再現可能なモデルを作ることをめざしていることがわかる。

 場所は、下北沢という多くの人が集まる街で、駅から徒歩で1分足らずという好立地だ。しかし、店のある場所は外からではちょっと目につきにくい雑居ビルの2階、かつては焼肉店が入っていたというかなり老朽化した建物だ。場所がいいとはいえ、相当に家賃は安そうだ。

 従業員は脱サラで加わった元重慎太郎店長を含めた社員3人。そのほか、無給で手伝いたいと参加するサポーターが30人ほど存在するという。常時だいたい2〜3人で切り盛りしている。

●本棚、椅子、机にも値札 夜はトークイベントも

 この書店で、店内の棚や机、イスなどの什器をよくみると、小さな値札がついている。アンティークショップと提携し、これらもすべて販売しているのだ。そのため、什器の導入費用はかからず、家具を販売すれば一定の手数料が入る。本以外の文具や雑貨類も販売している。

 そして店名のB&Bは、BOOK&BEERの略であり、生ビールをはじめとしたドリンク類も出す。すべて1杯500円で、店内でビール片手に棚を見て歩くこともできる。

 また、この店で最大の特徴と言えるのが、毎日開かれるイベントだ。

 営業時間が12時〜24時と遅いのだが、毎日20時頃から2時間ほど、店内でトークイベントを開催する。店舗の約半分をカーテンで仕切ったスペースに、30人から50人程度の席ができる。作家や評論家、研究者、編集者、ブロガーなど多種多様な人が講演や対談などを行う。参加料は1500円と1ドリンクだ。

 通常、書店のイベントというと、最近著作を出した著者や、写真集を出したタレントなどが、サイン会やトークイベントを行うことで、ほとんどが本の販売促進を目的にしている。しかし、B&Bでは、イベント自体を収入源として当初から想定している点がユニークだ。

 このように本以外の事業を手広く行っていると、肝心の本に手が回らなくなるのではないかと思われるかもしれないが、二人はこうした本以外の事業が、すべて本を生かすために存在すると考えている。

 一つ一つ違う什器に本を並べることで、本の個性を引き立たせ、本を選ぶ時間を豊かにするためにビールも出す。そして、本にまつわる様々な情報を得たり、著者本人と交流したりできる空間とイベント。すべてが本と人々の出会いをつくるために存在するという位置づけである。

 書棚を見ると、一般的な書店のような「文芸」「文庫」「実用」といったジャンル分けはされていない。やはり、こだわった品揃えに見える。かといって、書店人の好みで一方的な品揃えをしているわけではないという。あくまで街の書店として、下北沢の人々のニーズに合わせた幅広い商品構成をめざしているという。

 本の仕入れは、大手取次のトーハンからだが、当初の取引交渉で同店のコンセプトと事業のスタイルを説明し、雑誌とコミックスの新刊以外は通常の見計らい配本を受けず、書籍はすべて同店のスタッフが注文して仕入れている。もともと本へのこだわりが人一倍強い二人が始めた本屋だけに、ここは徹底している。

 このコラムで何度か書いてきたように、このところ書店の新規開業がほとんどない。特に、小規模書店を創業するケースは皆無と言える状態だ。そんななかで、あえて“新刊書店”を通常の“取次ルート”で始めた今回の試みが、周囲の住民にどのように評価されるのかは、今後の「街の本屋」の存続を考える上で一つの試金石になると言えるだろう。(「ジャーナリズム」12年11月号掲載)

   ◇

星野 渉(ほしの・わたる)

文化通信社取締役編集長。東洋大学非常勤講師。1964年生まれ。國學院大學卒。共著に『オンライン書店の可能性を探る』(日本エディタースクール)、『出版メディア入門』(日本評論社)など。

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