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ZeroOne San Joseリポート(1)

最先端コンピュータ・テクノロジーを駆使したアートフェスティバル

2006年08月15日

asahi.com編集部 藤谷 浩二(サンノゼ)

 最先端のコンピュータ・テクノロジーを駆使したアートを世界中から集めた「ZeroOne San Jose」が7日から13日(日本時間8日から14日)まで、米カリフォルニア州 のサンノゼで開かれた。世界各国から150人以上の芸術家が参加し、ダウンタウン全域を展示会場に、1週間にわたって繰り広げられたデジタル・アートの祭典だ。IT技術やデジタル映像のめざましい発展は、芸術表現にどんな可能性をもたらし、鑑賞のあり方をどう変えていくのか。現地から報告する。

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街のあちこちで見かけるポスターがフェスティバル気分を盛り上げる

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展示作品を説明するZeroOneディレクターのスティーブ・ディーツ氏

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主会場のひとつ、サンノゼ美術館。市のランドマーク的な建物だ

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ジェニファー・スタインカンプ氏のビデオ・アート

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ジェニファー・スタインカンプ氏のビデオ・アート

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無数のチャットのメッセージが流れる「リスニング・ポスト」

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光輝く地球儀にさまざまなデータが反映された「ワールド・プロセッサー」

●初めての試み

 「こんな形のアート・フェスティバルは米国中のどこを探してもありません。みなさんには、まったく初めての試みばかりをお見せすることになります」

 7日午後、新鋭アーティストの作品が並ぶサウス・ホール。報道陣向けのプレビューの案内役に自ら立ったZeroOneディレクターのスティーブ・ディーツ氏は、高揚した面持ちで強調した。全米第10位の人口(約95万人)を抱えるサンノゼは、IT企業が集中するシリコンバレーの中核都市。IT技術やデジタル機器関連のシンポジウムやイベントは日ごろから盛んだが、これほど大きな芸術祭が開かれるのは初めてのことだ。
 背中に「ボランティア」と記されたベストを着て受付を担当していたサンノゼ在住の男性(53)は、「見てもちんぷんかんぷんな作品もあるけど、若い芸術家たちが朝から晩まで制作に没頭して、街が熱気に満ちている。すごく楽しいね」と笑顔で語った。

 デジタル・アートの祭典は欧州などで徐々に増えつつあるが、ZeroOne事務局は「米国で総合的なデジタル・アートの展覧会が開かれるのは初めて」と説明する。
 グーグル(本社・マウンテンビュー)やヤフー(同・サニーベール)、アップル(同・クパティーノ)など有力なIT企業が集まるシリコンバレーだが、これらの企業は「キャンパス」と呼ばれる広大な本社を郊外に構えていることが多く、サンノゼの中心街では空きオフィスが目立ち、空洞化も進んでいる。より多くの観光客誘致をめざす市や、街の活性化を望む企業・大学が多額の寄付や協賛金を支出して、まちおこしの切り札にしたいという地元の思いが実現を後押しした。今後、2年に1度開催され、サンノゼをITだけでなく、ハイテク・アートの街としてもアピールしていく方針だ。

 ZeroOneには、インターネットやメールが日常のものとなった社会を映すかのように、鑑賞する側もパソコンや携帯電話を使ってアーティストや作品自体とデータをやりとりする参加型の展示が多い。ダウンタウン一帯にはWiFi対応の無線LAN網も新たに整備され、訪れた人はインターネットを通じてイベント情報や作品解説を手に入れたり、作品づくりにかかわったりすることができる。6日付のニューヨーク・タイムズ紙は「ある展覧会、そこでは絵画は前世紀の遺物(An Exhibition Where Paintings Are So Last Century)」という見出しを掲げた1ページの紹介記事を掲載し、斬新な企画を詳しく報じていた。

  広いサウス・ホールの空間いっぱいに設置された作品群を精力的に説明していたディレクターのディーツ氏がふと足を止め、手にした携帯電話を高く掲げて言った。「多くのアーティストが携帯電話や携帯電話からのデータを作品に取り入れています。見て回る方々もぜひ、これを活用してください。パソコンやビデオカメラと同じぐらい、アートの創作と鑑賞に役立つ道具です」

 21世紀の美術鑑賞は、モバイル機器を携えて、というところから始まるようだ。

●古い美術館の中に

 さまざまなネットワークで結ばれ、情報であふれかえる世界から、芸術家たちはどんな美の手がかりを見つけているのだろうか。

 約1マイル(1.6キロ)四方のこぢんまりしたダウンタウンの中心にあるサンノゼ美術館。1892年に建てられ、古風な時計台が街の象徴として市民に親しまれている歴史的な建物のなかに、ひとつの答えがあった。

 サンノゼ美術館では、ZeroOneにあわせた2つの企画展が先月から始まっている。ジェニファー・スタインカンプ氏(米国)によるビデオ・アートは、1階フロア全体を使った目玉企画。展示室ごとにプロジェクターを使って壁や床に投影されたデジタル映像が、生き物のように刻々と変化していく。幾何学模様や自然の風景をもとにしたカラフルな映像が美しい。鑑賞者は、光源と壁の間に立って影を壁面に映して、作品の世界に入り込んでいくような感覚を味わうことができる。地元紙のサンノゼ・マーキュリー・ニュースは「デジタル・アートをよく知らない人でも、その美しさを楽しめるはず」「ZeroOneでまず第一に見るべき作品」と太鼓判を押していた。

 2階には「EDGE CONDITIONS」と題された最先端のデジタル・アート作品が並ぶ。

 マーク・ハンセンとベン・ルービン両氏(ともに米国)の「リスニング・ポスト」は、インターネットそのものを題材としつつ、膨大な情報が瞬時に行き交う現代社会への批評性をひそませた刺激的な作品だ。

 ゆるやかに湾曲した梁(はり)に整然とつるされた多数の小さな画面に、世界中のネット上で交わされているチャットの断片が青い文字となって映される。展示室にはピアノの響きが印象的な音楽と機械的に合成された人の声が流れ、作品と向き合って置かれたソファに座ると、瞑想しているかのような落ち着いた気分へといざなわれていく。鑑賞者は目の前を行きかう情報の洪水のなかで、人と人とのコミュニケーションのあり方について、あるいは沈黙や孤独について、自由に思いをはせることができる。

 「リスニング・ポスト」は、2004年にオーストリア・リンツで開催されたハイテク・アート・コンテスト「アルス・エレクトロニカ」のインタラクティブ・アート部門でグランプリにあたるゴールデン・ニカ賞を獲得。その前年には優れた現代美術の収集・展示で知られるニューヨーク・ホイットニー美術館でも展覧会が開かれた。

 一方、漆黒の空間に光り輝く29個の地球儀を配した「ワールド・プロセッサー」は、「孤児の発生率」「世界の40巨大都市」「テレビの所有率」といった統計の数値を地球儀に反映させた作品。作者のインゴ・ギュンター氏(ドイツ出身、米国在住)はジャーナリストでもあり、日本でも大分県などで、ライフワークにしているこの作品を展示してきた。

 彼が選んだ最新の統計からは、貧困や難民といった国際社会が抱える矛盾や、地域によって異なる環境問題の実情などが浮かび上がる。ただ告発するのではなく、美しいデザインをほどこした地球儀によって、世界のさまざまな現状を偏見や先入観抜きで見つめることをうながしている。

 モニターに表示されるテキストメッセージやデジタル映像は、日常にあふれている。仮想現実が暮らしの一部に入り込みつつあるなか、私たちはどうしたらそこに生々しい美を見いだすことができるのか。芸術家の感性とテクノロジーが融合した作品に向き合うことは、鑑賞する側にとっても刺激的な体験といえる。


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