現在位置:
  1. asahi.com
  2. ライフ
  3. デジタル
  4. クラウド・コンピューティング特集
  5. 関連ニュース
  6. 記事

IT市場にクラウド旋風 データ処理、専門業者におまかせ

2010年8月16日

 インターネットを通じて専門事業者の大規模コンピューターの機能を使う「クラウドコンピューティング」と呼ばれるIT活用法が広がっている。狙いは費用の削減だ。通信障害や情報流出への備えなど課題は多いが、農業をはじめ社会の様々な場面でもてはやされている。(橋田正城、五十嵐大介、ニューヨーク=山川一基)

 ●農業効率化で利益アップ 気候・作業記録を送信→必要な作業返信

 全国有数の畜産地域として知られる宮崎県都城市。広大な農業地帯の一角に、クラウドを使い、サトイモ、ゴボウ、ダイコン、ニンジンなどの野菜をつくる計約92ヘクタールの農場がある。

 その運営者、新福秀秋さん(58)は言う。「勘に頼った農業ではいかん。栽培や管理技術のノウハウを作って、みんなが農業に参入できるようにしないと」

 畑では5台のカメラつきセンサーが随時、気温や湿度、日照量、雨量を測定している。土にもセンサーが埋め込まれ、温度と水分を測っている。十数人の作業員が、作物の育ち具合や、雑草や虫の発生状況を携帯電話のカメラで撮影。気になる点を文にしてメールする。携帯には全地球測位システムがついていて、誰がどの畑でいつどれだけ働いたかをデータ化している。

 新福さんの農場には、集まった種々のデータを処理する大型コンピューターはない。データはすべてネット経由で富士通の群馬県館林市内のデータセンターに送られ、分析される。そして、その結果が新福さんのパソコンに「お知らせ」として頻繁に送り返される。「早く草取りを」「水をもっと与えないと」「もうすぐ収穫期」。作業の効率化情報も送られてくる。

 新福さんの農場は大規模なコンピューター投資をすることなく効率化し、ニンジンの収穫が倍になった。他の作物も収穫量が増え、品質や大きさのばらつきが小さくなった。畑が約300カ所に分散しているため、作業員の移動に無駄があったが、データセンターでの分析で作業の効率が上がり、年間数千万円の利益が出るようになった。

 「これまでは移動が非効率で、肥料や燃料代も含めて年間5100万円のムダがあった」と言う新福さん。来年にはインドネシアでも120ヘクタールの畑を借りてクラウド農業を始める予定だ。

 クラウドは手元に高価なIT機器をそろえなくてもいいという手軽さから、各業界で利用が広がる。クラウドを使うと、自前で大がかりな情報処理機器を持つより、総じて3割費用が安上がりになる、と業界では言われている。

 郵便局会社は全国2万4千の郵便局の収支や利用者から寄せられた意見をクラウドで管理する。建設業界は、作業員の技能や就労履歴を管理する共同実験を始めた。住友林業はNECと共同で住宅のプラン作り、設計、資材発注、工事管理など、住宅建設の工程全般で使えるクラウドサービスを10月から順次始める。石巻専修大(宮城県)は、設計や表計算などの学習用ソフトをネット経由で学生に提供。病院の患者管理や図書館の蔵書管理でも導入が進む。

 ●低コスト人気、普及加速 米国勢先行、日本市場狙う

 普及を後押しするのは、高速通信網の整備と、ネット技術の進化、データを処理するサーバーや記憶装置の性能向上・値下がりだ。米調査会社ガートナーによると、今年の世界クラウド市場は前年比17%増の638億ドル(約5兆7千億円)で、2014年には1488億ドル(約13兆2千億円)になる見通しだ。

 人気の第一の理由は、利用者側がソフトの購入・開発や機器導入のコストを減らせる点だ。

 弾みをつけたのは、クラウドの名付け親といわれる米ネット大手のグーグル。04年に始めた無料の電子メールサービス「Gメール」を足がかりに企業や政府機関向けに事業を広げた。もう一つの代表格は、00年創業の米セールスフォース・ドットコムだ。営業情報の管理サービスで先行し、顧客数は世界で7万7千といわれる。

 クラウドの伸展で米国の新興企業が波に乗る一方、米マイクロソフトに代表されるソフト企業の事業基盤は揺らいでいる。セールスフォースのアリエル・ケルマン副社長は「マイクロソフトなどのビジネスソフトは複雑で、更新に手間がかかる。クラウドならサービスを受けた分だけ料金を払えばいい。不況以降、企業がコストに敏感になっているのも追い風だろう」とみる。同社は日本でも定額給付金やエコポイント制度の管理システムを受注。来年には日本でも顧客データを管理するデータセンターを設ける。

 日本勢では、富士通が今年度中に500億円をかけて米英など5カ国にデータセンターを増設する。クラウド重視にかじを切ったマイクロソフトと7月に提携。海外展開を加速させる計画だ。

 ●故障・流出リスクも

 問題点として最初に挙げられるのは安定性だ。データセンターと結ばれた通信回線に故障が起きると、利用者はデータを使えず、業務ができなくなるおそれがある。

 大手事業者は、正常に動作する時間の割合を「99・9%以上」とアピールする。あるデータセンターで故障が起きても、別の拠点で補完する態勢をとっているからという。それでも「細かいトラブルは頻繁にある。ネットワークに絶対はない」と外資系データセンター幹部は話す。実際、昨年に米アマゾンのサービスは落雷で数時間停止した。

 もう一つの問題は、データ流出のリスクだ。調査会社IDCが今春、クラウドの利用を敬遠する理由を企業に聞いたところ、回答した約1100社の半数以上が「セキュリティーへの不安」を挙げた。担当者は「基幹データを社外に出すことへの不安は強い」と指摘する。

 ハッカーの攻撃やサービス内部にいる人間の悪意で情報が流出する可能性は、ゼロとは言い切れない。保管先が海外に多い点も問題視される。クラウド大手がひしめき合う米国で昨年、捜査当局がデータセンターの機材を押収。顧客約50社がデータを使えなくなる事件が起きた。

 EU(欧州連合)には、企業などが持つ個人データの域外移転を制限する規制がある。日本にはそうしたルールはなく、企業の選択にゆだねられている。東大先端科学技術研究センターの森川博之教授は「一定のデータを国内に残す方策をとった方が良い。便利になるほど企業が個人情報を握るようになる。そういう環境とどうつきあうか、個人も考える必要がある」と話す。

検索フォーム


朝日新聞購読のご案内
新聞購読のご案内事業・サービス紹介