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石綿被害、国が情報隠しか 80年代半ばの報道取材に

2009年11月11日15時2分

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写真旧大阪労働基準局が報道機関とのやりとりなどを記録した文書。「件数は分からない」と回答したと書かれている

 大阪府南部の泉南地域に多数あった石綿関連工場のアスベスト(石綿)被害をめぐり、旧労働省大阪労働基準局(現・厚生労働省大阪労働局)が80年代半ば、工場従業員らの健康被害の規模を把握する一方で、報道機関の取材に情報を開示しなかったことをうかがわせる内部文書があることがわかった。元従業員らが国に賠償を求めている集団訴訟の原告弁護団が同労働局への情報公開で入手した。

 原告弁護団によると、兵庫県尼崎市にあった大手機械メーカー「クボタ」の工場で被害が発覚した05年まで、国は石綿の被害情報をほとんど公表していなかったという。今回の訴訟の被害者26人は65〜06年ごろにせきや息切れの症状が出たとされ、80年代以降も14人が工場での作業で石綿の粉じんにさらされたとしている。原告らは「危険性を知らされていれば仕事を続けなかった」と訴えている。

 訴訟は11日、大阪地裁で結審し、判決は来年5月19日にある。国が被害情報の公表などの対策を怠った責任が認められるかが注目される。

 公開文書によると、泉南地域の石綿工場を監督する岸和田労働基準監督署(大阪府岸和田市)が84年、上部組織の大阪労働基準局に提出した内部文書では、石綿によるじん肺で死亡した労働者は75人、「要療養者」は142人、「有所見者」は300人超とされ、「驚くべき疾病発生状況を示している」と報告されていた。

 だがマル秘という判を押された別の文書によると、大阪労働基準局は86年6月、泉南地域の石綿被害を取材した報道機関の記者に対し、当時の労働衛生課長らが「(被害の)件数はわからない」などと回答。末尾には「件数は出していないとの回答で通した」と記されていた。

 さらに、この取材の直前、大阪労働基準局の担当者が旧労働省の担当課からの「指示」を記録した文書には、当時の国会答弁でも石綿肺の労災認定件数は不明としていることを挙げ、「頑張って下さい」とする記述もあった。この文書もマル秘扱いだった。

 これらの文書は地裁で証拠採用されている。原告弁護団の八木倫夫弁護士は「国が80年代半ばになっても情報隠しをしていたことを示す証拠」と話す。大阪労働局は「係争中なのでコメントできない」としている。(平賀拓哉)

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