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40年前と比べると…北アルプス、縮む雪渓

2008年10月22日8時1分

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写真今年の涸沢の雪渓=2008年9月17日、本社機「あすか」から、武田剛撮影

写真40年前の涸沢の雪渓=1968年10月16日、本社機「東風」から、名古屋大学提供

写真今年の槍ケ岳・天上沢の雪渓=2008年9月17日、本社機「あすか」から、武田剛撮影

写真40年前の槍ケ岳・天上沢の雪渓=1968年10月16日、本社機「東風」から、名古屋大学提供

写真今年の鹿島槍ケ岳・カクネ里の雪渓=20008年年10月3日、本社機「あすか」から、武田剛撮影

写真40年前の鹿島槍ケ岳・カクネ里の雪渓=1968年10月16日、本社機「東風」から、名古屋大学提供

地図

 気候の変化を敏感に感じ取るといわれるのが高山。そこに残る雪渓は温暖化の影響を受けていないのか――。名古屋大学の研究チームに朝日新聞社が協力、今秋、本社機「あすか」を使った北アルプスの空撮をした。名大が保存する40年前の写真と比べたところ、主な雪渓が小さくなっていることがわかった。

 「あすか」が急峻(きゅうしゅん)な岩尾根が連なる奥穂高岳(3190メートル)に左旋回で近づくと、涸沢(からさわ)カール(圏谷)が見え始めた。氷河期に浸食された椀状(わんじょう)の氷河地形だ。その真ん中に、涸沢雪渓が細い筋となって延びている。テント村ができる有名な場所だ。

 カール全体が入るアングルから数枚のシャッターを切った。すぐにデジタルカメラの液晶画面で再生し、40年前の同時期に撮った写真と並べてみた。雪渓の長さは、半分以下になっていた。

 穂高岳連峰を北上、鋭くとがった槍ケ岳(3180メートル)へ向かう。東側の天上沢に回り込むと、こちらの雪渓もやせ細っていた。白馬岳の白馬大雪渓、鹿島槍ケ岳のカクネ里、剱岳の剱沢などでも、雪渓が小さくなっていた。

 同乗した富山県立山カルデラ砂防博物館の飯田肇・学芸課長は「40年前と比べる限り、標高の比較的低い、雪渓の下の部分で雪が消えている。雪渓の中でも越年する万年雪が減っている可能性がある」と心配する。名大出身で、北アルプスの雪渓を長年調べている雪氷学者だ。

 空撮は、雪渓が最も小さくなる9月半ばから10月初めにかけて3回行われた。

 小さくなっていることが確認されたものの、雪渓は積雪量や気温など気象条件によって年々変化を繰り返す。長野市や富山市の降雪量は平年に比べて減少気味で、今夏の気温はほぼ平年並み。だが、高山の気象データが皆無に近いこともあり、今回確認された雪渓の縮小だけでは、温暖化の影響とするのは不十分だという。

 名大大学院環境学研究科の西村浩一教授(雪氷学)は、「これまで増減を繰り返してきた雪渓が、ある年突然消えて、その後はなくなってしまうこともありえる。今後も調査を続けることが重要で、高山の気候変化を探る貴重な記録になる」と話す。

 名大は1968年、樋口敬二名誉教授(雪氷学)らが調査を開始。「北アルプス雪渓台帳」を作成するのが目的で、74年まで計7年間続けた。雪渓の場所や規模を記録したが、当時の資料が未整理状態になっていた。この中で、本社機「東風(こちかぜ)」を使って撮影された40年前の写真が確認され、雪渓の長期的な変化を調べようと、今回の空撮が共同で実施された。(編集委員・武田剛、冨岡史穂)

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