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植林事業、広葉樹も仲間入り 林野庁、強い森づくりへ

2009年7月11日23時36分

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写真広葉樹の混植を主体に復活させた森=広島市美鈴が丘ニュータウン、宮脇昭氏提供

写真全国から集まった林業関係者たちに広葉樹の混植・密植を指導する宮脇昭氏(手前)=6月16日、広島県呉市の野路山国有林、羽毛田写す

写真針葉樹が広がる宮崎県の飫肥(おび)杉の森。これまでは単層の植林が主流だった(財団法人森林文化協会提供)

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 スギやヒノキなど針葉樹だけの植林を戦後の森づくりの中心としてきた林野庁が、カシ類やシイ、タブ、クリ、コナラなどの広葉樹も混植する事業に乗り出した。「鎮守の森」に代表されるその土地本来の植生を再現することで、災害に強く、地域経済にも貢献する森づくりを目指す。広島県呉市の国有林で6月、第1弾が植樹された。

 植樹されたのは呉市川尻町の野路山国有林の0.65ヘクタール。標高770メートルで、台風で荒廃した場所だ。現場では、宮脇昭・横浜国大名誉教授(81)が林野庁職員らを指導していた。宮脇さんは、市街地や里山などで広葉樹を軸に多様な樹種を高い密度で植え、その土地に本来あったはずの森の再生を実践してきた。

 今回はシラカシ、アカガシやクリ、コナラ、ケヤキ、ヤマザクラなど12種約1万9500本を植えた。密度は1平方メートルあたり3本。林野庁が国有林で実施している通常の植林に比べ10倍の密度だ。

 「密植・多様な樹種は競争もするが、それぞれ少し“がまん”してバランス良く成長する。植林後の手入れが少なくて済み、地域や国の経済にも貢献する」と宮脇さん。

 針葉樹は植林から伐採のサイクルが約50年。担い手の高齢化による人手不足と需要の低迷で「50年周期の林業」は維持が難しい。手入れが行き届かず、あちこちで森が荒廃してきた。しかし、広葉樹林は枝打ちなどの作業も基本的に不要で、維持コストが少ない。伐採までのサイクルは80年から100年と針葉樹の倍で、長い目でみれば幾世代と使われる北欧家具に象徴されるように、経済資源としても貴重だ。さらに根が深く広く張る広葉樹林は災害に強い。自然災害が多い日本では最大の“経済効果”だ。

■森は「緑の社会資本」

 戦後の日本の森づくりは、急速な復興に合わせて早く大量に育ち、建築資材として役立つスギなどの針葉樹を中心にした単層林で進められてきた。だが80年代以降、安い外国材の増加などが国内の林業を脅かす一方で、森林の二酸化炭素吸収効果が見直され、「森林浴」や「森林セラピー」「里山」ブーム、そして花粉症対策など森に対する社会の需要も確実に変化してきている。

 そうした流れに迫られ06年、林野庁は「森林・林業基本計画」で森を「緑の社会資本」と見直した。単なる産業資源ではなく、防災や低炭素社会実現といった環境重視で位置づけたのが特徴だ。

 今回の新事業に当たって林野庁は「全国の国有林で直ちに取り組むわけではない」と、災害復旧個所を中心に土砂災害などから地域を守る森の効果を前面に押し出した。宮脇さんと今回の企画を練った島田泰助林野庁次長は「このモデル事業は、林野庁としてこれまで取り組んだことのない植栽方法。自然条件の厳しい国有林の現場で試し、その結果を検証していきたい」と話す。

 宮脇さんの生態系論と、環境にも配慮するようになった林野庁の“利害”が時代の風のなかで一致した。「生きている間に、こんな森づくりが国有林で始まるとは思わなかった」と宮脇さん。森本来の力を借り、産業にも環境にも役立つ森づくりが成功するか。第2、第3の挑戦に向けてゆっくり、しっかりと森の時計の針が回り始めた。(羽毛田弘志、篠崎弘)

 〈長野県で山林塾を主宰する島崎洋路・元信州大学演習林教授(林業経営学)の話〉 戦後の林野行政は、経済効率のための技術論を優先し、森や山をつくっていく人づくりを怠ってきた。今、そのツケを払う事態に直面している。「国有林に宮脇方式」という今回のチャレンジに短絡的な拍手を送るのではなく、何よりも未来への森を育む人づくりのシステムを真剣に、かつ緊急に考えるきっかけになってほしいと思う。

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