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アフリカ大陸初という栄誉を担って開催されるFIFAワールドカップ南アフリカ大会。この国は、ダイヤモンドなど豊富な鉱物資源に恵まれ、アフリカでは屈指の経済大国だ。
しかし、その歴史に刻まれた悲劇を忘れるわけにはいかない。1948年、本格的に着手されたアパルトヘイト(人種隔離政策)だ。人口の約7割を占める黒人の参政権や基本的人権を侵害し、白人のみを優遇する政策である。カラード(混血)やインド人も侵害の対象となった。“人類に対する罪”と非難されたアパルトヘイトが完全撤廃されたのは、46年後の94年。わずか16年前という事実に驚く。
南アフリカ大会の決勝戦は、そのアパルトヘイトの象徴的な存在として知られる最大の旧黒人居住区ソウェトに隣接するサッカー・シティ・スタジアムで行われる。同国最大都市ヨハネスブルグの郊外にある。
ソウェトを語る上で外せない場所がクリップタウンだ。アパルトヘイト圧制下の55年に、全人種参加の国づくりを全人種参加の集会で厳かに宣言した「自由憲章」が採択された地である。そこに立った時には目を疑った。見事に再開発され、ウォルター・シスル・スクエアと呼ばれるモダンな空間に変ぼうしていたからだ。これが現在のソウェトなのか。最新のショッピングセンター・マポニャモールには、黒人の貧困のかけらも見いだせない。
ソウェトは82平方キロの広さを持ち、人口は86万人とも300万人ともいわれる。むろん、再開発が及んでいる地域は限られている。その上、富裕層と貧困層の分極化が進む。民主化後、政府は福祉重視の「復興開発計画(RDP)」から経済重視の「市場重視政策(GEAR)」へと転換し、2004年からは「黒人経済力増強政策(BEE)」の公布によって、黒人の間に所得格差が広がっている。
オーランド・ウエスト地区にあるフィラカジ通りやマセコ通りは、ビバリーヒルズと称されるほど見事な豪邸が並ぶ。片や同地区の一角にあるムジンシュロペには、解放後のマンデラが自身の投獄前と同じだと嘆いた、赤土の道に並ぶブリキの家屋や、電気も水道もない粗末な長屋が連なっている。この辺りには、アパルトヘイト時代に地方からの単身赴任者の受け皿となったホステル型住居が多い。窮屈な上、下水やトイレに難儀する泥道の町は、国内の他の多くの旧黒人居住区と変わらないのだろう。
民主化後の政府は、RDPで住宅問題の解消を掲げた。人並みの住環境をと、政府が進めるアパート建設は、ムジンシュロペではストライキで中断していた。所得格差の不満の中、報酬や待遇の改善を要求する労働者は強気だ。
豪邸とトタン屋根が地区を隔てて存在するソウェト。所得格差の是正や失業率の改善、インフラの充実と課題は多い。歴史的な転換を経た国民は、アイデンティティーの欠如に悩むともいわれる。だが、“ソウェタン”たちはこの地を愛している。富める者も貧しき者も愛着と誇りを抱いている。ソウェトの素顔には、新生南アフリカ発展のカギを見た気がした。
文・写真=長川貴博(フォトグラファー)
本コラムは、独立行政法人国際協力機構(JICA)の広報誌「JICA’s World」に掲載されたものです。記事内容は掲載時のものです。記事の無断転用を禁じます。
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