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朝日地球環境フォーラム2009

おいしいコーヒーの経済論

[評者]中嶋真美・玉川大学准教授

2009年8月6日

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タイトル
おいしいコーヒーの経済論
著者
辻村英之
出版社
太田出版

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タイトル
ネクスト・マーケット
著者
C.K.プラハラード
出版社
英治出版

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タイトル
ロハスビジネス
著者
大和田順子/水津陽子
出版社
朝日新聞社

 みなさんは「キリマンジャロ」と聞くと、何を想像するでしょうか。アウトドア派の方にはアフリカ大陸の最高峰であるキリマンジャロ山のイメージ。コーヒー通なら香り高いコーヒー豆のイメージでしょうか。

 今回ご紹介するのは、タンザニア産コーヒーをめぐるお話。とはいっても、コーヒーをいかに美味しく淹れるか、という話ではない。タンザニア産の水洗式(マイルド)アラビカ種コーヒー、すなわち「キリマンジャロ」コーヒーは、ニューヨーク先物取引所や国際コーヒー機関において、最高品質の「コロンビア・マイルド」に分類されています。本書では、このコーヒーをめぐって、生産者の暮らしから、フードシステム、南北問題と、日本にいる私たちに届くまでの様々な場面が切り取られ、その現実が描かれている。

 今やコーヒーは、日本の食文化の一部になっています。世界初の缶コーヒーを発売したのが日本のコーヒー会社であることは、去年流行った歌謡曲「陽は、また昇る」の歌詞でも、多くの人が知るところとなりました。缶コーヒーの種類はざっと思いつくだけでも十種類以上はあるでしょう。缶コーヒー以外にも、喫茶店やコーヒーメーカーの普及により、日本でのコーヒー飲用はしっかりと定着しています。

 ここで考えてみたいのは、おいしさとは何なのかということ。個人の味覚によるところが大きいものの、著者の辻村氏によれば、味以外にもおいしさを生み出すものがあるそうです。「情報のおいしさ」と「環境のおいしさ」です。

 賞味期限やブランド名といった「情報」が味を左右することもあれば、誰と何のために飲むのかといった飲用「環境」も、判断に影響を与えるのだそうです。例えば第1章では、キリマンジャロコーヒーについて触れ、例えば「スノートップ」「キボ」「AAプラス」という選別・格付の情報が、地球の裏側に住む私たち消費者の脳によい刺激を与えるには、もっと生産地を知らないといけない、と指摘しています。

 コーヒーをめぐる事情を理解することで、コーヒーの味も変わってくる、というわけです。本書は、そんな情報の数々を、様々な視点から提供してくれます。これさえ読めば、きっと私たちはさらにおいしくコーヒーが飲めるはず……と言いたいところですが、著者はこうも問いかけます。「苦い現実を知ってしまうと、コーヒーの味が台無しになるかもしれない『禁断の実』を食べてみますか」と。

 私たち日本人の多くが愛飲する人気のコーヒー銘柄は、「モカ」「ブルーマウンテン」そして「キリマンジャロ」の3銘柄なのだそうです。しかし、コーヒー豆の価格形成に絡むのは実はブラジル産のものだけであり、日本では十分な知名度と消費量のあるタンザニアの「キリマンジャロ」やエチオピアの「モカ」は、実際の貿易価格に影響を及ぼしません。これが意味することは、「キリマンジャロ」の生産者が十分な利益を得るためには、ブラジルの天候悪化を待つしかない、ということです。

 コーヒーの品質は一般的に香りと味で決まるといわれます。香味は、7割が生豆の生産・流通、2割が焙煎、1割が抽出の技術に依存するそうです。が、生産国による努力が7割にも上るにもかかわらず、仮に私たちが1杯450円の「キリマンジャロ」を飲んでも、生産者の取り分はたったの2円。この事実を聞いても、あなたは気軽にコーヒーを飲み続ける気になるでしょうか。

 タンザニアの一般家庭では、コーヒーはストレートで飲むよりも大量の砂糖を入れ、日本人からすればかなり甘くして飲むのが普通です。ストレートで飲もうとすると、「具合悪いの?」と尋ねられることもあるくらいです。正直なところ、この本を読むと、どんなに甘くしたコーヒーにも苦味を感じる気がします。でも、どの事実も、私たちがコーヒーを本当の意味で「味わう」ためには知っておいた方がいいことばかり。

 とはいえ、コーヒー好きを喜ばせてくれる情報も書かれています。「キリマンジャロ」本来の豊かな酸味と甘い香りが楽しめる方法も。ぜひ、お手元に最高級コーヒーを用意して、読んで頂きたい一冊です。

■その他推薦図書(2冊)

『ネクスト・マーケット』(英治出版)

『ロハスビジネス』(朝日新聞社)

評者プロフィール

中嶋真美さん

中嶋真美(なかじま・まみ)

 玉川大学文学部比較文化学科准教授。東京大学大学院農学生命科学研究科修了。農学博士。専門は、開発社会学、観光学。
 著書(共著)に「躍動するフィールドワーク」(世界思想社)、「アジア環境白書」(東洋経済新報社)、「環境本100冊」(平凡社)などがある。

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