現在位置:
  1. asahi.com
  2. 環境
  3. 朝日地球環境フォーラム2009
  4. 中嶋真美の環境ブックレビュー
  5. 記事
朝日地球環境フォーラム2009

ウォーター・ビジネス

[評者]中嶋真美・玉川大学准教授

2009年10月29日

写真

タイトル
ウォーター・ビジネス――世界の水資源・水道民営化・水処理技術・ボトルウォーターをめぐる壮絶なる戦い
著者
モード・バーロウ
出版社
作品社

写真

タイトル
ミジンコ先生の水環境ゼミ―生態学から環境問題を視る
著者
花里孝幸
出版社
地人書館

写真

タイトル
水と人の未来可能性―しのびよる水危機(地球研叢書)
著者
総合地球環境学研究所
出版社
昭和堂

 窓の外に目をやると、雨脚がどんどん強くなっていた。傘を持つ人たちで込み合う帰りの電車を想像すると、少し憂うつな気持ち。「秋の長雨」よりも、やはり「秋晴れ」の方がハッピーなのに……つい、そう思ってしまうが、季節特有の雨が降ってくれないと結果的に困るのは私たちの暮らし、である。

 世界は、「水の豊かさ」と「水の不足」に、同時に悩まされている。

 まず、「水の豊かさ」。昨今、異常気象という言葉をよく耳にする。台風やハリケーンの軌道や傾向が気候変動の影響で変わってきていると言われており、その変化は地球上のあらゆる場所で観測されている。日本でも、ゲリラ豪雨や季節外れの台風襲来が目立つようになってきた。極端なまでの「水の豊かさ」ゆえに、被害が多発している。

 一方で、「水の不足」に悩む地域が増えている。米国立大気研究センターの報告によれば、地球全体で深刻な渇水に悩まされている地域の割合は、1970年代から2005年の間に2倍になったという。乾燥地化する土地は、ヨーロッパ、アジア、カナダ、アフリカの西部と南部、およびオーストラリアの東部に広がり、ナイジェリアでは毎年2000平方キロメートルもの土地が砂漠化している。2000平方キロメートルといわれてもピンとこないけれど、日本で一番大きな湖の琵琶湖が、毎年3個ずつ消えている勘定だ。これが日本で起きたら、あっという間に国土はすべて砂漠になってしまうだろう。

 現在、「水問題」は多様化してきている。単純な水不足や砂漠化だけではなく、ボトル・ウオーター市場から、海水の淡水化、バーチャル・ウオーター(輸入する農畜産物や工業製品の生産のために海外で使われている水資源)、水ファンド(水関連企業の株式への投資)にいたるまで、実に幅広い。しかも、これらの問題には気候変動、ナノテクノロジー開発、安全保障など、ありとあらゆることがかかわっている。

 多様な水問題を理解するのは決して容易ではないが、いま私たちが置かれている水環境について知るのに役立つのが、この本だ。

 すでに「水の不足」の実情について少し触れたが、もう少し現状を見ておこう。本書によると、世界では、環境汚染や異常気象によって20億人が水不足に陥っており、2025年には、世界人口の3分の2が水不足に苦しむという試算がある。世界保健機関(WHO)によれば世界で発生する病気の8割が汚染された水に由来している。過去10年間に下痢で死亡した子どもの数は、第2次大戦以後のすべての武力紛争における死亡者の総数を上回り、8秒に1人の割合で汚染された水を飲んだ子どもたちが亡くなっている。

 その一方で、私たちの暮らしを支える農作物や工業製品は、多くの水を消費しながら生産され、輸出される。消費国の見えないところで、膨大なバーチャル・ウオーターが使われる。私たちが日々消費するボトル・ウオーターも、船や電車、トラックなどの輸送手段を用いることで大量の燃料を消費し、そして二酸化炭素を排出している。

 ことほどさように、水を取り巻く世界の現状は、およそ持続可能性とは程遠く、矛盾に満ち満ちている。

 本書を読んで、身近な商品だけに、ボトル・ウオーターの問題に一層、関心を抱くようになった。ボトル・ウオーターがどうやって作られ、そのプロセスにはどんな問題があるのか。ボトルに使用されるプラスチックがゴミとして廃棄され、水路を汚染する元となる。焼却すれば有毒副産物を生みだす。埋め立てれば生物分解するのに1000年もかかる。これらだけでも驚きに値するが、問題はそれだけではない。無駄の多い濾過(ろか)プロセスを採用するボトル・ウオーターの生産には、1リットルのボトルのために2.6リットルの水道水が消費される。ボトル・ウオーターの価格は水道水の240倍から1000倍もしながら、メーカーは天然水の取水地への利益還元や環境保全には積極的ではない。

 一部のボトル・ウオーター企業は、水に対する企業責任を果たすべく、取水地や途上国における水に関する支援――清潔な水の入手が困難な地域への飲み水の提供プロジェクトや、寄付による地域社会の支援活動など――を行っているが、利益の大半は企業へと流れており、水の乱用に対する批判をかわすための方法なのだという説もある。

 購買力のある人々(富裕層)のために購買力のない人々(貧困層)が犠牲になるという構図は、水に限らず、様々な資源で発生している。最近は企業も「社会的責任」を果たすべく努力するケースも増えてきたものの、やはり大切なのは、どこまでが「見せかけだけのエコ(Green Washing)」なのかを見分ける公正な目を、私たち消費者が持つということなのだろう。

 まずは本書を読んで、水から考えてみてはどうだろうか。あなたの手元にある、その「水」はどんな水ですか?

■その他の推薦図書(2冊)
「ミジンコ先生の水環境ゼミ」花里孝幸(地人書館)
「水と人の未来可能性――しのびよる水危機」総合地球環境学研究所(昭和堂)

評者プロフィール

中嶋真美さん

中嶋真美(なかじま・まみ)

 玉川大学文学部比較文化学科准教授。東京大学大学院農学生命科学研究科修了。農学博士。専門は、開発社会学、観光学。
 著書(共著)に「躍動するフィールドワーク」(世界思想社)、「アジア環境白書」(東洋経済新報社)、「環境本100冊」(平凡社)などがある。

検索フォーム
キーワード:


朝日新聞購読のご案内