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朝日地球環境フォーラム2009

「不幸な南極観測船」

写真・文 武田剛

2009年10月22日

 南極、北極、ヒマラヤ……。カメラを手に地球を歩き続けた足跡を、朝日新聞の武田剛編集委員が、過去の写真と記事と共にエッセイで振り返ります。現場に立つ思いや苦労話、後日談など、記事では書けなかったエピソードも紹介します。随時更新します。

 スクラップか、それとも保存か。南極への初航海を目前にした新観測船「しらせ」の陰で、先代の旧「しらせ」が不安におびえている。来月、文部科学省が全国に呼びかけた「先代『しらせ』の後利用に関する公募」の審査結果が発表になるからだ。

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 応募しているのは民間の団体や企業など4者で、いずれも展示保存を目指している。

 沖縄県先代「しらせ」誘致研究協議会(同県浦添市)は、子供たちが地球環境を学ぶ拠点として旧「しらせ」を活用し、乗員の寝室を修学旅行生の宿泊施設にすることを検討している。気象情報会社「ウェザーニューズ」(東京都港区)は、気象現象と密接に関係する海の情報を収集・発信する場所にし、災害時には「被災者の収容施設」などとして活用するという。

 旧「しらせ」に揺られ、南極へ旅した身としては、どれもありがたい計画に思えてしまう。どこまでも白く凍った南極海を進む勇姿は、今でも目に焼きついている。あの丸い船体に、日本のどこかで再会できるなら、こんなにうれしいことはない。

 旧「しらせ」は1982年、「宗谷」と「ふじ」に継ぐ、3代目の観測船として就航した。25年間の航海で、地球25周にもなる約100万キロを航行。約2万5千トンの物資と約1400人の隊員を運んで観測を支えたほか、98年には海氷に閉じ込められた豪州の観測船を救出するなどの活躍を続け、昨年7月に引退した。

 その最後の航海を東京・晴海港で出迎えた私は、「どこで第二の人生を送るのだろう」と期待しながら、写真を撮っていた。「宗谷」は「船の科学館」(東京都品川区)、「ふじ」は「名古屋海洋博物」(名古屋市)で展示されており、旧「しらせ」の保存も当然だと思っていたのだ。

 ところが、大きな壁が待っていた。10億円以上とみられる改修費や約1億円の年間維持費が高すぎて、名乗りを上げていた地方自治体が誘致を断念。さらに、企業などから利用計画が提案されたが、「収支計画に懸念がある」として、あっけなく解体が決まってしまった。

 今回の公募は、その「復活戦」である。解体が決まった後、鉄くずの価格が暴落して、作業を請け負う業者が現われなかったのだ。

 それにしても、「余生」の選択肢が展示保存しかない日本の観測船は不幸だ。南極半島の周辺では、もっと古い砕氷船が観光客を乗せて航海している。海外に行けば、旧「しらせ」はまだまだ活躍できるのだ。しかし、日本の観測船は海上自衛隊が運航しているため、「軍艦」と同じ扱いになり、国外に輸出することができないのである。

 審査発表は11月9日で、翌10日には新「しらせ」が晴海港を出港する。初航海を笑顔で見送るためにも、朗報を祈っている。

アサヒ・コム掲載時の記事(2004年4月8日掲載)

南極プロジェクト「国境のない大陸」から
「ペンギンたちが迎えてくれた」

 水平線まで延びるシュプールがヘリコプターの窓に映り始めた。延々と続く砕氷艦「しらせ」の航跡。海氷に刻まれた大きな弧が、逆光に黒く浮かび上がる。

 撮影用のドアが開いた。体が震えるほどのエンジン音と共に、南極の冷風が吹き込んでくる。手袋をはずし、カメラを構える。寒さで指が痛い。

 「しらせを手前に航跡を撮ります。高度は700フィートで」

 パイロットにヘッドセットで伝えると、機体は大きく右へ傾き、狙ったアングルへ入っていく。指の痛さをこらえ、その時をじっと待つ。やがて、まぶしく輝く海氷に、赤いしらせがポツンと入ってきた。いまだ。

 「カッシャ、カッシャ……」。軽快なシャッター音が指に伝わってくる。狙い通り。ファインダーいっぱいに、しらせの航跡が延びていく。

 03年12月17日、第45次南極観測隊と一緒に、私は昭和基地に到着した。これから1年2カ月、同行記者として、越冬取材が始まる第一歩だ。

 基地のある東オングル島は、赤茶けた岩の島だった。ヘリが降ると、ひげだらけの越冬隊員たちが駆け寄ってくる。我々と握手を交わし、すぐにヘリから荷物を運び下ろす。家族からの便りや新鮮な肉や野菜を、みんな笑顔で運んでいる。

 その様子を撮影しながら、不思議な気分になった。入国審査もなしに、私は海外の大地に立っている。パスポートには南極の出入国記録も残らないまま、再来年、日本に帰国することになる。こんな経験は初めてだ。

 世界45カ国が加盟する南極条約で、領土権の主張が認められていないからだ。基地の利用は、科学調査のためで、軍事目的に使うことも堅く禁じられている。南極には世界各国の基地があるが、その土地はどこの国にも属さないのだ。

 ここ数年、海外取材で国境を超える時は、緊張の連続だった。イラクでは米英軍の車列に交じり、空爆で黒い煙が立ち昇る南部の街へ入った。アフガニスタンでは武装した地元兵士を護衛につけて、地雷の埋まる砂漠地帯を移動した。

 ところが今回、私を迎えてくれたのはペンギンたちだ。氷山を見渡す海岸に立つと、よちよちと列になってやって来る。氷の上には天敵がいないから、人間に興味津々。手を伸ばせば届きそうなほど近くで立ち止まり、じっと私のカメラを眺めている。

 氷山の向こうでは、南極大陸の氷床が、おまんじゅうのように盛り上がる。真っ青な空と海に挟まれ、氷床はひときわ白く輝いている。

 同じ地球とは思えない。昭和基地とイラクはほぼ同じ経度にあり、日本との時差は6時間。しらせの航跡が消えるはるか北で、たった今も、戦禍が続いているのだ。

 これから1年。南極はどんな世界を見せてくれるのだろう。

プロフィール

武田剛さん

武田 剛(たけだ・つよし)

 朝日新聞編集委員。92年入社。03年末から1年4カ月間、第45次日本南極観測隊に同行して、昭和基地で越冬取材。帰国後、地球環境をテーマに「北極異変」「地球異変」取材班を立ち上げ、06年にグリーンランド、07年にネパールヒマラヤ、08年に北極圏カナダ、09年にアフリカ・チャド湖を取材。
 著書に「南極 国境のない大陸」(朝日新聞社)、「南極のコレクション」 (フレーベル館)、「ぼくの南極生活500日」(同)。共著に「地球異変」(ランダムハウス講談社)。41歳。

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