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朝日地球環境フォーラム2010

盗伐・開発、花の楽園蝕む 中国・雲南

写真・文 樫山晃生

2010年7月2日

写真拡大1カ月前に切り倒されたばかりの紅豆杉。切り株が生々しい写真拡大草医の何さん(中央)から薬草の説明を聞く裴教授(左)写真拡大絶滅が心配されるキンシコウ。国の保護活動が続いている

 希少生物の宝庫として知られる中国南部の雲南省。植物種だけでも国内過半数の約1万5千種が存在し、中国では「生物多様性の中心地」と言われる。しかし、アジアの3源流が流れ、四季折々の花が咲き乱れる楽園も、気候変動の影響からは逃れられない。中国の急速な経済発展の波も押し寄せる。雲南だけですでに数千種の植物が姿を消したと言われるが、開発と保護の両立に取り組む動きも始まっている。2009年8月、同僚の小林哲記者と雲南に飛んだ。

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●漢方薬、進む乱伐

 中国の国家1級保護植物に指定されている紅豆杉の盗伐が後を絶たないという。イチイの一種の針葉樹で、樹皮などに含まれる成分が抗がん剤として利用できることがわかり乱伐が進んだ木だ。政府は天然物の伐採を禁止する一方、植林事業を奨励。その後、抗がん剤の成分も人工合成できるようになった。しかし、雲南省に生息する樹齢の高い木は薬効が強いと信じられ、高値で闇取引されるという。

 乱伐の現場を探しに北西部に向かった。標高3千メートル以上の山岳地帯だ。雲南省には全国の紅豆杉の半数を超える350万本があるが、その3分の1が集中する地域だ。事前に情報を集めたり、専門家の話も聞いたりした。

 中国での取材が難しいのはそれからだ。「ここに行けば見られるから」と教えてもらった村に行ってみたが一向に見つからない。尋ねて回っても「雨が降ってぬかるんでいて行けない」とか「最近はみないねえ」。揚げ句の果てには「中国の悪いところをなぜ取り上げるのか」と言われる始末。

 1週間が過ぎた。ほかの取材は順調だったが、メーンにしようとしていた紅豆杉の方はさっぱり。途方に暮れた我々を救ってくれたのは麗江でお願いしたドライバーだった。

 「おれの故郷ではいっぱい切られているよ」

 実家というのは四川省との境にある瀘沽(ろこ)湖周辺。そこまで行くには彼の車で200キロの山道を越えて行かなければならない。朝に出て夕方に到着する計算だという。

 空振りだったら3日は無駄になる。信用していいものか。

 「うちのおじさん森林パトロールだし」

 この一言で我々の決意が固まった。無事取材ができ、初回の一面が出来上がった。情報不足もあり、今回の取材は行き当たりばったりの部分が大きかった。

●「ゴムのにおいはカネのにおい」

 大規模な開発の波はラオス、ミャンマー国境の西双版納(シーショワンパンナー)タイ族自治州にも押し寄せる。州の南側に足を踏み入れると、まず異様な光景に気づかされる。どこまで行っても不自然なほどに同じような景色が続く。ゴムの木で覆われた山のせいだった。

 熱帯に属するこの地域は、ゴムの栽培に最適だ。地元政府は高収入が望める農作物として1980年代から植林を奨励。その結果、東京23区の2・8倍の面積がゴム林に変わり、農民の6割近くが栽培で生計を立てるようになった。州政府の公式発表によるゴム林の面積は、州全体の約12%にあたる2440平方キロ(08年末)。実際はその2倍近いともいわれる。

 ゴム栽培で潤っているという曼岡村を訪ねた。早くから植林に取り組み、収入が急増。1人あたりの年収は、州平均の約3倍にあたる1万元(約14万円)を突破した。高速道路を降り、細い道をさらに30分。リッチな村という割には、バイクがやっと通れるくらいの釣り橋を通らなければ村に入れない。だが村に入ると潤っている様子がすぐ分かった。西洋風の瀟洒(しょうしゃ)な家が立ち並び、どの家庭も大型テレビやパソコンを持つ。

 村中に鼻を突くような臭いが立ちこめている。何かが腐っているのか、たどっていくと一人の少年が強烈な臭いにのけぞりながら、固めたゴムの樹液を干しているところだった。

 「ここではゴムのにおいはカネのにおいなんですよ」と村の幹部。風に揺れている白い固まりはさしずめ金塊といったところか。

 ゴム林に変わってしまった山は、もともと原生林。多様性のゆりかごと言われる熱帯林を破壊してしまった。ゴム林は土壌から養分を吸い取るだけでなく、大量の水も消費する。水資源の豊かなこの地で、水不足などという信じられない事態にもなっている。

●保護と利用、両立への試み

 種の消滅を目のあたりにして、政府も手をこまねいている訳ではない。国家重点プロジェクトの一環として雲南省昆明市に生物資源バンクを設置。2009年10月から運用を始めた。多様な種を保護し、有用な資源を将来に活用するのが狙いだ。全国の研究機関などと協力し、15年以内にアジア最大となる1万9千種の動植物を集める。

 絶滅危惧(きぐ)種に加え、新薬開発や食料増産に役立つ固有種などを最優先に集める方針。すでに紅豆杉など4千種を集めた。将来の研究などに備え、種子や抽出したDNAを冷凍保存している。英国王立植物園などと共同研究も始まった。

 8月、運用準備の仕上げ段階に入っているバンクを訪ねた。新聞紙で無造作に包まれた標本や種子が全国から届いて積み上がっている。職員たちが実をふるいにかけたり、たたいたりして種子を取り出していた。発芽能力があることを確認し、マイナス20度に保たれた保管庫に並べていく。DNAはマイナス80度で大きな冷凍庫に入れられる。

 見慣れた動植物も、このような場所に来なければ見られないような未来が来ないことを願う。

 利用と保護、両立の試みを続ける研究者がいる。中国科学院の裴盛基教授だ。植物人類学の世界的権威で、長年、雲南の少数民族を研究し、彼らの文化と土着の植物がどれだけかかわりを持っているかを研究してきた。少数民族伝承の薬草についても研究。多くの薬用植物を発掘してきた漢方薬ハンターでもある。雲南省北西部での現地調査に同行させてもらった。

 「漢方薬の里」として知られる玉竜ナシ族自治県は、教授が長年研究してきた拠点の一つだ。魯甸(ろでん)郷にある「草医」の何崇善さんを訪ねた。草医は少数民族ナシ族の医者で、患者の症状を聞き、薬草を配合して漢方薬を処方する。西洋医学が入ってきた今でも人々はまずは何さんの家にやってくる。先祖代々草医だという何さんの家や庭は宝の宝庫だ。研究者たちが知らなかった薬草が見つかったり、新しい利用法が転がっていたりする。

 黒いシートで覆われた畑が遠くまで広がる。下ではユリ科の植物「重楼」の大規模栽培が進む。木陰を好む重楼を畑で育てるための工夫だ。雲南が主な産地で根に解毒作用などがある重楼は、代表的な漢方薬原料の一つだが、天然ものが減り始めている。

 「昔は、山に入ればいくらでも採れたのに。いまは一日かけても見つからない」

 地元の薬用植物保護・発展協会の和雲会長は話す。世界的な漢方薬市場の成長で、原料は高騰。乱獲の原因になっている。

 そこで、和さんたちは重楼を守り、住民の収入アップにもつながる人工栽培を試すことに。裴教授らの協力で、発芽しやすい温度や湿度などの条件を調べた上で、05年から本格的に育て始めた。重楼は成長が遅く、初出荷は2010年以降。うまくいけば1・5億元(約21億円)の売り上げが期待できるという。

 裴教授らの発案で、住民と乱獲を防ぐための協定も結んだ。薬草が豊富な2地区の約7平方キロを保護区に指定し、希少種の採取を禁じた。中国科学院のスタッフが現地で希少種の保護の大切さを知ってもらう講習会を開いたり、モデル農家を決めて販売向けの薬草の栽培を手伝ったりしている。

●倒された紅豆杉が語るもの

 1カ月前に切り倒されたという紅豆杉の葉は、まだ青々として、断末魔を叫びを上げているように見えた。森林パトロールはため息をつく。「樹齢300年は超えているのに、ひどすぎる」。音がする電動ノコギリでは捕まりやすいので、おので切り倒したという。切り口は手慣れた人物のそれだったが、鮮やかな茶色が生々しい。自然が長い時間をかけてつくってきたものを、人の手が短時間で壊していく。打ち付けられた切り口の一つひとつは、その象徴のように見えた。

     ◇

樫山晃生(かしやま・てるお)

1996年入社。大阪本社、西部本社、韓国・東亜日報や日刊スポーツへの出向などを経て、東京本社写真センター員。中国には留学と北京五輪取材で長期滞在。四川大地震の取材も経験した。37歳

新聞掲載時の記事と地図(2009年10月5日朝刊掲載)

地図

(地球異変)抗がん剤目当てに盗伐 中国・雲南省

 中国雲南省北西部にある瀘沽(ろこ)湖のほとり。標高3千メートルを超える秘境の山の斜面で、根元を切断されたばかりの巨木が横たわっていた。水分を含んだ色鮮やかな茶色の切り口が、強い日差しの下でむき出しになっている。

 「樹齢300年は超えている。ひどすぎる」。自然保護区に指定されている周囲の森林をパトロールする監視員、楊順海さん(45)は眉をひそめた。毎日20キロの山道を歩いて監視を続けるが、こうした不法伐採がなくならない。

 切り倒されていたのは、中国で国家1級保護植物に指定されているイチイの一種「紅豆杉(こうとうすぎ)」。70年代、北米の近縁種に含まれる成分が、抗がん剤として利用できることがわかり、乱伐が進んだ。

 「昔は特別な価値がある木とはだれも思わなかった」と楊さん。夜間に山に入り、騒音の出る自動式のこぎりは使わず、おので切り倒していく。1カ月前に巨木を狙った男は4人で根部を持ち出そうとして警察に逮捕された。

 抗がん剤の成分を多く含む樹皮だけでなく、装飾品向けの良質な木材が得られる幹や根部も闇で高値で取引される。地元の業者は、紅豆杉製のコップを1個400元(約5300円)で売る。「健康にいい」と信じる人が多く、買い求める客が少なくない。

 01年には昆明市の米国系合弁企業が摘発された。不法伐採の樹皮を1キロ5元(約70円)で買い、抽出・精製した成分を1グラムあたり180ドルで輸出していた。裁判で元社長に懲役4年の実刑、同社に1250万元(約1億6千万円)の罰金が命じられた。

 中国当局の90年代の調査によると、雲南省には全国の紅豆杉の半数を超える350万本があり、その3分の1は瀘沽湖一帯を含む北西部に集中する。このうち、不法伐採などの被害にあった野生種は、同社分だけで30万〜60万本に達しているという。

 雲南省は中国の「生物多様性の中心地」とも呼ばれ、同国に自生する植物の半数にあたる1万5千種が集まる。漢方薬として利用できるものも数千種に達する。一方、乱獲などで数が減っている植物も3千種にのぼる。漢方薬の「杜仲(とちゅう)」や「三七(田七人参<にんじん>)」などは野生種をほとんど見かけなくなった。

 中国科学院昆明植物研究所の裴盛基教授(民族植物学)は「生物資源を守る動きは強まっているが、紅豆杉のような悲劇が繰り返されないとは限らない。利用と保護を両立させる工夫が必要だ」と話した。(中国雲南省=小林哲)

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