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朝日地球環境フォーラム2010

消えゆく海のゆりかご 食われる藻場

文・写真 伊藤恵里奈

2010年7月30日

写真・世界遺産・知床の海でも磯焼けが発生していた拡大世界遺産・知床の海でも磯焼けが発生していた写真・いつか藻場が回復することを夢見て、漁具の手入れを続ける漁師拡大いつか藻場が回復することを夢見て、漁具の手入れを続ける漁師写真・島根県隠岐の島町沖では、ユニークな藻礁を設置して海藻を自生させている拡大島根県隠岐の島町沖では、ユニークな藻礁を設置して海藻を自生させている

 もし、森林が2割消えたとしたら、

 もし、氷河が2割解けたとしたら、

 もし、サンゴ礁が2割なくなったら、

 きっと大きなニュースになって、大勢の人の耳にすぐに届けられるだろう。

 しかし、当たり前のように存在する身近な海について気に止める人は少ない。だが、私たちの足元に広がる海でも、環境の変化は確実におきている。

グラフ特集はこちら

●漢方薬、進む乱伐

 海の生き物たちに酸素を供給し、産卵や隠れる場にもなる「海のゆりかご」、藻場。海の生物の多様性を育む場でもあり、私たちの食卓にのぼる魚たちの供給源でもある藻場が、急激に失われつつあるのだ。

 たとえば、海洋生物環境研究所(東京都)の調べによると、1990年ごろに比べると、この約20年間で日本各地の沿岸では藻場が約2割も減ったことがわかっている。

 原因はさまざまだ。

・護岸工事や港の整備などによる、人工海岸の増加

・潮流の変化

・河川水や生活排水の流入による水質の悪化

・海水温の上昇

・乱獲などによる生態系のバランスの変化

 なかでも最近、海草や海藻を食べる魚による影響、いわゆる「食害」に注目が集まっている。

 特にアイゴは、海藻を食べる代表的な魚としてあげられる。毒針があり、水揚げしてから時間がたつと耐え難い臭みが出るため、食用にする地域は少ない。ほかにもブダイやイスズミなど、あまり食卓になじみのない魚があげられる。

 以前から、北海道や東北などで、ウニがコンブを食べつくす食害は報告されてきた。

 しかし、海中を自由に動き回る魚による被害は、なかなか把握が難しかったのだ。

 「ウニが戦車などの陸上部隊だとすると、アイゴなどの魚は空中部隊。どこからともなくやってきて、じゅうたん爆撃のように藻場を荒らしていく」

<取材では、これまでほとんど撮影されていなかったアイゴが藻場を食い荒らしている現場をルポしようとした。研究者や漁業者からのアドバイスをもとに、九州北部の有数な漁場である玄界灘に浮かぶ佐賀県の松島で狙ってみた。

 男の海士による素潜り漁がさかんな松島では、近年、藻場の衰退が広がり、対策に困っているときいた。海士たちもアイゴの被害を実感し、小型の定置網を入れて捕獲しようとするなど対策を練っている。

 取材を始めたのは春。

 アイゴはその時期、体長20〜30センチの成魚になっていた。どこで知恵をつけたのか非常に警戒心が強く、近寄るダイバーの姿を察知すると、クモの子を散らすように逃げてしまう。

 そこで、稚魚がみられる秋まで待ってみた。

 地元からの連絡を受けて再び松島に向かうと、体長数センチのアイゴの稚魚が、数百匹の群れになって移動していた。本来ならば、水温が低くなる冬は活動が鈍くなるが、近年、冬場の水温が下がらなくなっているため、そのままの勢いで成魚になる。

<アイゴの稚魚を食べるイカなどの大型肉食魚の乱獲も、原因のひとつとして考えられている。松島の対岸は、ちょうど「呼子イカ」で有名な観光地。釣りスポットしても人気が高い。

 海水温の上昇や人間がもたらす乱獲など、さまざまな原因が複雑に絡み合い海の生態系のバランスが崩れて、食害は引きおこされているのだ。

 アイゴ独特の臭みを抜いて食べる方法を開発したり、アイゴにとって不快な音を海中で流して撃退したりするなど、なんとか被害を食い止めようとする動きも追った。

 しかし一度、崩された生態系のバランスを人間の手だけで戻すのは難しい。 かつては藻場と共生していたアイゴは、いまでは日本沿岸の海の多様性のバランスが崩れた象徴のひとつになっている。

     ◇

伊藤恵里奈(いとう・えりな)

1999年入社。津支局、名古屋本社を経て、大阪本社写真センター員。2008年には地球異変・欧州編で、スイスやフランス、オランダなどを取材。34歳。

新聞掲載時の記事と地図(2010年1月11日朝刊掲載)

地図

(地球異変)食われる「ゆりかご」

 九州北部の有数な漁場・玄界灘。そこに浮かぶ佐賀県・松島の東側に、アマモやコンブなどの海藻・海草類が生い茂る藻場(もば)が広がる。水深約3メートルの浅瀬では、クロメ(コンブ科)などが褐色の葉をゆらゆらと揺らし、差し込む陽光にきらめく。その群落に昨年10月、黄土色に光る魚が100匹ほど群がっていた。

 体長数センチ。まだ稚魚だ。葉や芽をついばんでは、また別の葉へ……。茎だけになってしまっている株もある。

 「アイゴによる食害だ」。環境コンサルタント会社、海中景観研究所(島根県)の新井章吾所長は、歯形の残るワカメの葉を広げて見せた。アイゴは太平洋の暖かい海に生息するスズキ目の魚で、成魚は約30センチになる。松島周辺は2008年冬に初めてアイゴの食害が確認された。

 「海水温の上昇が関係していると考えられる」と新井所長。アイゴは冬場は冬眠状態でほとんどえさを食べない。藻はその間に成長する。だが、海水温の上昇で、アイゴは冬でも活動し、成長期の藻まで食べてしまうようになったようだ。アイゴは14度以下になると、えさを食べなくなったという実験結果がある。

 佐賀県玄海水産振興センターによると、松島周辺の2月の海水温はここ30年で1〜1・5度上昇したという。

 藻場は魚たちに酸素を与え産卵や隠れる場にもなる「海のゆりかご」。生物多様性を象徴する場所の一つだ。その藻場がなくなる現象を「磯焼け」という。1991年の環境庁(当時)の調査では、国内の藻場は計約20万ヘクタール。財団法人・海洋生物環境研究所は、2008年までにその約2割が失われたとみる。

 食害はブダイ、ニザダイ、キタムラサキウニなどでも引き起こされる。さらに藻場の喪失は、食害以外にも様々な原因が指摘される。潮流の変化、河川水や生活排水の流入による水質の変化……。生態系のバランスが崩れると被害は拡大していく。

 「他の原因は時間がたてば改善する可能性があるが、食害は放っておくといつまでも続くからやっかいだ」と東京海洋大の藤田大介准教授。

 藻場を失った海は、どうなってしまうのか。(田之畑仁、伊藤恵里奈)

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