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朝日地球環境フォーラム2010

深刻な水の問題 世界人口の3分の1に打撃

ウシ・アイト国連「水委員会」副議長

2010年4月12日

 世界が抱える「水」の問題は予想以上に深刻だ。アジアとサハラ以南のアフリカ、中南米を中心に世界人口の3分の1にあたる26億人が、ちゃんとした下水処理さえ受けることができず、健康を脅かされている。

 水質が悪く、不衛生な住環境のために体調を崩し、仕事ができなくなった人たちは極めて多い。それで失われた労働生産は途上国で年間12億ドル(約1100億円)にのぼる。サハラ以南のアフリカに限っても、汚水による経済へのマイナス影響は国民総生産(GNP)の5%と高水準だ。これは、03年にアフリカ全体に拠出された途上国支援の総額を上回る。

 医療や公衆衛生に大きな負担がかかっている。多くの途上国の病院では、病床の半分以上が水に関係した病気の患者で占められている。日常生活でも、何時間もかけて遠い井戸から水を運ぶ人たちが珍しくない。蛇口をあければ、きれいな水がじゃぶじゃぶ出てくる先進国では想像がつかない厳しい現実だ。

 世界の水問題をめぐり、対応策を話し合う関係閣僚の会合が米ワシントンで今月開かれる。経済協力開発機構(OECD)の財務・途上国支援の担当相が集まり、深刻な水問題を2015年までに大幅に改善させる国連のミレニアム目標などについて、取り組み状況などを確認する見通しだ。

 この目標は、ちゃんとした飲み水が手に入らなかったり、衛生処理施設を利用できなかったりする人たちの数を2015年までに全世界で半減させる。筆者が副議長を務める国連組織「水と衛生に関する諮問委員会」は真正面からこの課題に取り組んでいる。

 日本の橋本龍太郎元首相がまとめた「ハシモト・プラン」の実現が目標だ。下水処理を抜本的に改善させ、家庭や公共スペースでトイレ施設を増やす。水にかかわる幅広い医療と公衆衛生の分野にも取り組んでいる。それを促進するため、各国政府や国際機関に働きかけることも極めて重要だ。

 筆者も、さまざまな国の政治家や公務員、水処理会社の重役、公衆衛生の専門家らと会合を重ね、事態を改善させようと精一杯努力している。しかし、時間が足りない。世界的な人口増と急速な都市化によって、水の問題はさらに悪化するだろう。現在でも途上国では下水処理の能力が追いつかず、汚水があふれ、そこで素足の子供たちが遊ぶ光景を目にする。

 なかでも問題なのが、ちゃんとしたトイレ施設が足りない国々があまりにも多いことだ。茂みや建物の隙間にある暗い所など、毎日隠れるようにして野外で排泄せざるを得ない人たちは、世界人口の2割にのぼる。当然、プライバシーなんかなく、多くの女性が性的な嫌がらせや、不快な目にあっている。

 とくに問題なのが子供たちの環境だ。十分なトイレ施設が学校にない。多くの女の子たちが、生理開始の時期を迎えると、学校に行かなくなる。トイレの普及は重要だ。バングラデシュで国連機関ユニセフが学校向けトイレ関連の設備投資をしたら、女の子たちの通学率は11%も高まった。

 トイレの問題は、健康や衛生に大きな影を落としている。トイレがないため、不衛生な環境で生活を強いられる。下痢で学校に行けず、それで失われた通学日数は毎年2億7200万日にのぼる。寄生虫がいる子供たちは推定4億人といわれる。栄養不良などの要因も重なり、とくに5歳以下の死亡率が押し上げられている。

 トイレ問題は衛生の根幹にかかわる。しかし、政治的にも十分な関心が寄せられていないのが現状だ。排泄というテーマが極めてタブー視されているからだ。日常生活で「トイレに行ってくる」とは言わず、「手洗いしてくる」「お化粧に・・・」と言い換えること自体が、排泄に対する複雑な人間心理を表している。下水処理や衛生問題は「不純」「汚れ」「恥じ」といったイメージを連想させる。学校などでトイレ施設のオープン記念式を開き、メディアを呼んで華々しく実績をアピールしようとする政治家がどこにいるだろうか? 途上国のトイレ・排泄問題を真正面から見据える覚悟が足りず、排泄施設の必要性さえしっかり議論されていないのが実情だ。

 インドでは結婚相手の男性に対して「トイレがなければ嫁ぎません」と堂々と発言する女性も目立ち始めている。彼女たちのようにタブーに束縛されることなく、世界各国で真剣に取り組む必要がある。

 衛生に関する数多い偏見のなかでも、投資効果をめぐる認識を変える必要がある。下水処理や衛生施設の投資は経済的には見合わない、という考えだ。実際のところ、投資効果は大きい。汚水処理や衛生環境を改善すれば、欠勤などで失われていた労働時間が回復し、医療負担も軽減される。一連の効果を計算に入れると、設備投資によって生まれる経済的な恩恵は、投資額の約9倍にのぼることが分かっている。

 排泄物を肥料にしたり、汚水を処理して農業用水に回したりと、さまざまな経済効果が期待される。アフリカで目にした汚泥運搬トラックに「糞は金を呼ぶ」というスローガンが張ってあった。衛生ビジネスは利益を生む可能性があるということだ。(抄訳)

       ◇

 【国連・水と衛生に関する諮問委員会】2004年に国連のアナン事務総長が呼びかけて発足。途上国の貧困の多くは、水にかかわるさまざまな問題が原因となっている。問題解決に向け、世界的な取り組みを加速させることが委員会の狙い。初代議長だった日本の橋本元首相が06年に発表した「行動計画」が重点目標になっている。現議長はオランダのアレキサンダー皇太子(オレンジ公)。委員会は「豊富な経験をもつ多分野の著名人や専門家」でつくり、「新しいアイディアを示し、政府組織を動員したり、メディアや民間企業、市民社会と協働したりして、ミレニアム開発目標の達成に向けて活動している」(国連)という。

プロフィール

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ウシ・アイト

 国連の「水と衛生に関する諮問委員会」の副議長を務める一方、昨年まで20年間、ドイツ連邦議会の議員として活躍。途上国と開発のテーマに詳しく、ドイツ連邦経済協力開発省では1998年から2005年まで政務次官。首相直属の政策スタッフも兼ね、01年から05年まで主要国首脳会議(G8)のアフリカ問題の首相特使として重点政策を絞り込んだ。議員就任前はホーエンハイム大で教鞭をとっていた。

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