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朝日地球環境フォーラム2010

地球の未来は「水」にあり

コース・ウィーリックス オランダ政府水政策担当

2010年5月18日

 水は生命の源。人類にとどまらず、自然環境にとって、なくてはならないものだ。その一方、水は生命をも脅かす。多すぎても、少なすぎても問題になる。汚染、災害と連日のようにメディアを騒がせている。

 2月27、28両日、「シンシア」と名付けられた強烈な嵐がフランス西海岸を襲い、8メートルを超える異常な高波が堤防を乗り越え、50人以上が犠牲になった。被害総額は10億ユーロ(約1200億円)を上回る。4月にはリオデジャネイロで激しい豪雨が集中。大規模な土砂崩れが各地で多発し、生き埋めなどで250人以上が死んだ。日本でも近年、ゲリラ豪雨などで記録的な被害が相次いでいる。

 米国や欧州など先進国では、自然災害が起きればメディアが連日、大きく報道する。しかし、アフリカのサハラ以南やインドなど途上国で起きていることには、必ずしも目が行き届いていない。

 アフリカとアジアでは広範囲にわたり、深刻な水不足が続いている。安心して飲める水がない所に住む人たちは10億人近い。ちゃんとした衛生施設を使えない人たちも約26億人にのぼる。質の悪い水を飲んだり、不衛生だったりして病気にかかり、死んでゆく人たちは毎日7500人もいる。その三分の二が5歳以下の子どもたちだ。こうした水問題で死ぬ人たちの数は、世界各地の武装紛争で犠牲になった人たちさえも上回る。それでも社会や政治の関心は薄い。

 問題をややこしくしているのが、国境を越えた「水紛争」だ。国境を越えて流れる主要河川は世界に250以上ある。上流と下流に位置する国や地域の間で、水質汚染や水の取り合い、氾濫などによる緊張やいざこざが絶えない。長引く中東問題も、希少な水をめぐる問題が原因のひとつだ。

 水の問題は今後、さらに悪化しかねない。気候変動と人口増加は事態をいっそう深刻にするだろう。水資源をどのように管理するかが解決のカギを握っている。それはさほど難しいことではない。歴史をみれば一目瞭然だ。ギリシャやローマ時代の先人たちでさえ、飲み水や汚水を上手に処理していた。

 水資源の管理は途上国の開発や成長にも大きな影響を与える。飲み水や衛生施設があれば子どもたちは学校に行ける。親も働きに出ることができる。うまく管理すれば医療費の削減、教育水準の向上、経済成長など、さまざまな分野で極めて大きな「配当」が見込まれる。水と衛生分野への投資効果では「1ドル投資すれば9ドルの見返りがある」といわれる。

 ここで、どのように水資源を管理すべきか考えてみたい。直面している問題に的確に取り組めるか、さらに多方面にわたって協力体制を敷けるか、という二つのポイントが肝心だ。

 最も根元的な協力関係は地元レベルで始まる。オランダの低地では何世紀も前から川や海の洪水に備え、住民たちの自発的な取り組みが定着しており、すでに13世紀には堤防が建設されている。各地域に民主的な水管理委員会が置かれ、住民から税を集めて施設の建設や維持費に充てた。今日もオランダの治水は、20世紀時点でも全国に2500以上あった委員会が支えている。インドネシアのバリ島でも、同様に何世紀も前から「スバック」と呼ばれる住民組織が水資源の分配や、かんがい、稲作の計画づくりなどを担ってきた。

 次のレベルは中央政府。水に関わるインフラ整備などの計画立案や予算事業などが一般的だが、とくに途上国では国際的な開発援助を地元自治体に振り分ける重要な役割がある。どの国々も中央レベルで基本計画を策定しているが、資金や人材不足などで思い通りに進まないことが多い。

 オランダ政府には水質や水量管理のほか、内水面と地下水、沿海を包括する総合的な水政策があり、経済や環境へのインパクトを考えて運営されてきた。さらに気候変動に対応するため、今後100年間にわたる超長期の「国家水計画」を昨年に打ち出したばかりだ。オランダ西部のほとんどは海抜以下だが、これからの100年間でオランダ沿岸の海面水位は最大1・3メートルも上昇する可能性がある。河川の水量が不安定になったり、塩水が国土に浸透したり、氾濫の危険性が高まったりして、安全な飲み水が確保されないリスクも指摘されている。この計画を進めるため、関連法の「デルタ法」と予算を盛り込んだ「デルタ基金」が整備された。基金には今後100年間にわたって毎年10億ユーロ(約1200億円)の資金を積み上げてゆく。

 二国間の協力では、オランダと日本による400年以上の長期的な関係がある。明治時代にお雇い外国人として来日したオランダ人技師エッセルは、各地で水インフラ施設の建設に寄与した。デ・レーケも大阪や神戸、東京の港を設計し、エッセルとともに琵琶湖と淀川、木曽川の治水や環境改善に取り組んだ。日本からも学ぶ所が多い。日本の発想を取り入れてオランダでも着手したスーパー堤防といったインフラ事業だけでなく、自治体レベルでは氾濫リスク地図や災害時の避難マニュアルなど、技術者や政治家たちが実務面で参考にする分野は少なくない。

 多国間の協力では、第二次世界大戦の直後に始まった欧州の主要河川であるライン川の関係諸国による取り組みが代表例といえる。ライン川を汚染から守るために国際事務局を発足させ、水質の向上にとどまらず、戦禍のしこりが残っていた近隣国の関係改善に大いに役立った。国境を越えた主要河川が抱える問題は、それぞれ固有の地理などの条件が異なるが、協力体制を築くにあたって必要なポイントは共通している。相互理解と信頼醸成、そして上下流の利害を平等的に認識し、河川全体として問題解決に取り組む意欲だ。

 さらに舞台が広がる国際協力では、日本とオランダなどが重要な役割を演じる国連のミレニアム開発目標がある。貧困を減らし、生活や医療水準を上げることが大きな目標だが、水環境の改善が根幹のテーマになっている。2000年から2015年にかけて、安全な水が手に入らない人たちや、ちゃんとした衛生施設がない所に住む人たちの数を半分に減らす目標を掲げ、努力を集中してきた。当時のアナン事務総長は2004年、この目標の実現に向けて「水と衛生に関する諮問委員会(UNSGAB)」というハイレベルな特別組織を発足させた。日本とオランダが推進役を担っており、初代議長は元首相の故橋本龍太郎氏だったが、2代目にオランダのアレキサンダー皇太子殿下が就任。日本の皇太子殿下が名誉総裁に就かれていることもあり、日蘭両国の強い関係が目立っている。

 委員会の活動範囲は広い。2008年が「国際衛生年」になったのも委員会の後押しがあったからで、トイレの普及がいかに重要であるか世界中に訴える格好の機会となった。飲料水の問題に取り組む「グローバル水パートナーシップ」という組織づくりにも尽力し、先進国と途上国の水ビジネスが協力できる体制づくりを進めてきた。水に関する災害を軽減させる専門部会も立ち上げ、昨年は一連の提言と対応策をまとめた。今後も、世界的に高まりつつある水への関心を具体的な行動に移す一方、とくにアフリカを中心にミレニアム開発目標を実現させるという大きな努力を続けてゆく。

 水に関する活動を担う国連組織は、食糧農業機関(FAO)、世界保健機関(WHO)、児童基金(UNICEF)、環境計画(UNEP)など少なくとも26機関がある。国連以外では、世界の水(ワールド・ウォーター)会議を3年ごとに運営するワールド・ウォーター・カウンシルが重要な役割を担っている。関連組織が多いため、より一層の協力と連携が不可欠になるだろう。

 国際的な取り組みを背景に、水への関心は確実に高まってきている。実際、1990年から2008年にかけて、世界中で18億に近い人々が飲料水に手が届くようになった。しかし、現実は厳しいままだ。いまだに8億8000万人が安全な飲料水を手にすることができず、ちゃんとした衛生施設を持っていない人たちはその3倍近くにのぼる。水質汚染は根強く広がっており、氾濫や土砂崩れは増えている。とても容認できない状態が続いており、従来の枠を超えた包括的な対策が必要だ。これまで以上に農業やエネルギー政策、都市や国土の計画づくりなど根幹にかかわる全体的な取り組みが極めて重要になっている。

 それには幅広い連携と協調が不可欠だ。公的機関にとどまらず、企業や非政府組織、そして個人の一人ひとりが自分たちの問題と受け止め、健やかで安全な将来に向けて一歩一歩、努力を積み上げる必要がある。「水がなければ未来はない」ということを肝に銘じるべきだと思う。(抄訳 西崎香)

    ◇

 朝日新聞社は6月2日(水)、東京都内で筆者のウィーリックス氏を講師に招き、「気候変動とオランダの挑戦〜懸念される海面上昇〜動き出した今世紀最大の先端プロジェクト」をテーマにオランダの水政策と地球的な課題を語ってもらう勉強会を開きます。ご関心のある方は、朝日地球環境フォーラム2010のウェブページ「新着情報」の「フォーラム勉強会のご案内」−気候変動とオランダの挑戦、をご覧ください。

プロフィール

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コース・ウィーリックス

 何世紀も「水の脅威」に直面してきたオランダで水政策の立案と調整を担当。水問題の解決に向けて積極的な活動を続けるアレキサンダー皇太子の顧問や、政府の水政策を支える水資源諮問委員会の事務局長を務める。公共事業・水管理省で政策の企画と立案、運営をしてきた一方、国際的にも幅広く助言。国連「水と衛生に関する諮問委員会」の運営に携わるほか、インドネシア政府で水政策・災害対策の顧問(2000年〜2005年)を務め、欧州のライン川を汚染などから守る国際機関の事務総長(1995年〜2000年)などを歴任。オランダ・デルフト大学では社会、経済、環境など幅広い観点から最適な土地利用を考える空間計画を学んだ。

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