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田沢湖の中和化事業8年 死の湖、再生へ

[掲載] 1997年9月28日

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 戦時中、国策の電源開発によって酸性の強い水が流れ込み、魚のほとんど住めない「死の湖」と化した田沢湖で中和化事業が始まって8年。効果は徐々に現れ、水深の比較的浅いところでは中和化が順調に進んでいる。ところが、改善の歩みは、グラフで明らかなように、深くなるにつれて遅くなっており、湖にすめるのはいまのところ酸性に強いウグイに限られている。青々と水をたたえる「神秘の湖」に、様々な魚が回遊する光景が戻るのはまだまだ遠い先になりそうだ。湖の再生にかかる膨大な時間とコストは、半世紀以上前の自然破壊の代償の重さを示している。

 ●クニマスも犠牲に

 かつて田沢湖は、アユなど約20種類の魚がすむ豊かな湖だった。1940年、湖水を発電用水として利用するために、近くの玉川の水を導入する水路が作られた。源流の玉川温泉は国内屈指の強酸性。古くから「玉川毒水」と呼ばれ、アルカリ性、酸性の度合いを示すpH(水素イオン濃度)は1.1前後(7が中性で、値が小さいほど酸性が強まる)。「毒水」流入の結果、わずかな部分で生き延びたウグイを除き、魚は数年で姿を消した。その中には田沢湖にしかいない特産種とされたクニマスも含まれていた。

 「魚の絶滅を心配する声は当時もあったが、住民は国策に反対できる時代ではなかった」。若いころにクニマス漁の経験があるという田沢湖町の三浦久兵衛さん(75)は振り返る。約70人いた漁師は、わずかな補償金と引き換えに網を捨てざるを得なかったという。

 ●上流に中和処理施設

 「毒水」流入前はpH6.7と中性に近い水質だった田沢湖は、70年ごろにはpH4.2まで酸性化が進んだ。玉川下流の農業用水の被害も深刻になったため、県は玉川温泉の水を中和する施設の設置を国に要望。施設は約34億円の費用をかけて89年秋に完成した。

 この施設の主目的は、あくまでも約20キロ下流にある玉川ダムのコンクリートの保護だが、玉川温泉の水をpH3.5程度にまで中和するため、田沢湖の水質改善の効果も期待されている。建設省玉川ダム管理所によると、中和剤として使用される石灰石の量は一日当たり約30トン。同管理所の奥山清一所長は「ダムが不要になるか温泉が枯れるまでは、中和処理を続けるしかない」と話す。施設に投じられる費用は年間約2億円にも上る。

  

 ●深度で改善に差

 田沢湖の酸性度を調査している県環境技術センターによると、中和処理が始まる前の88年にはpH4.7前後だったが、昨年では湖水表面は5.63まで改善。目標値の6.0に近づきつつある。その一方で、水深400メートルでは4.88と、改善のペースは遅い。

 この差について、同センターの片野登所長補佐は、「湖水の上下の循環を妨げる『水温躍層』とよばれる現象が原因」と指摘する。深さ日本一の田沢湖では冬の一時期を除き、温まりやすい表面と冷たい深部との間で水の比重に差ができ、水が上下に交換しにくくなるという。

 片野所長補佐は「(中和処理は)いったん損なわれた環境を人為的に回復する壮大な実験。表層ではいい線まできている」と評価する一方で、「湖水全体が元通りになるには、表層の倍以上の時間がかかるのでは」とみる。

  

 ●地元で高まる期待

 改善が進むにつれ、地元では稚魚の放流によって田沢湖に魚を戻そうという動きが出ている。西木村では94年から毎年、ウグイとコイを放流。湖岸でえづけしている田沢湖プリンスホテルの根本成幸支配人は、「ここ数年でウグイはかなり増えてきた。最近はえさをやると勢いよく群がってきます」とうれしそうだ。

 一方、田沢湖町は魚の生息の可能性を調べるために、91年からいけすでアユやイワナ、ニジマスなどを飼育しているが、湖水表面ですら魚は一週間程度で死んでしまうという。いまのところ、ウグイ以外の魚が生き延びて繁殖するのは無理というのが、大半の関係者の見方だ。

 「失われたものを元に戻すのはなかなか難しい」と三浦さん。「幻の魚」となったクニマスを探して各地をめぐったこともあり、田沢湖の再生を願う気持ちは人一倍強い。「いつか昔のようにいろいろな魚の泳ぐ姿を見たい。それが私の夢です」(五郎丸健一)

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