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2012年6月24日21時36分
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四日市公害判決40年、市が初の式典 存命元原告は1人

写真:「ええ町になった」と振り返る野田之一さん(左)に、田中俊行市長は「裁判を起こしてくれた成果だ」と応じた=2011年11月、三重県四日市市内拡大「ええ町になった」と振り返る野田之一さん(左)に、田中俊行市長は「裁判を起こしてくれた成果だ」と応じた=2011年11月、三重県四日市市内

 三重県四日市市は、四日市公害訴訟の判決から40年の節目を記念する式典を7月29日に開く方針を決めた。1972年の判決後、市が同公害に関する式典を主催するのは初めて。公害を風化させない、二度と繰り返さないというメッセージを発信する。

 四日市市は高度経済成長期、コンビナートから排出された二酸化硫黄によって大気が汚染された。これがぜんそく発症の原因だとして、漁師だった野田之一(ゆきかず)さん(80)ら同市磯津地区の患者9人が、6社を相手に損害賠償を求めて提訴。津地裁四日市支部は72年7月24日、野田さんらの訴えを全面的に認める判決を言い渡し、判決が確定した。

 判決から40年を迎え、元原告で生存するのは野田さん1人。当時を知る世代も高齢化している。

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