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〈2〉「鉄は国家」呪縛 業界反対、転換進まず

2008年5月19日

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 「国益を喪失するだけです」。環境省が15日に開いた国内排出量取引制度検討会。事務局が出した国内排出量取引制度の試案をめぐる論議の中で、新日本製鉄の山田健司・環境部長は、厳しい口調で反論した。

 省エネを進めた日本の産業にとって二酸化炭素(CO2)削減の余地は小さく、制度を導入しても効果は乏しいという主張だった。会場は重苦しい空気に包まれた。

 鉄鋼業界は、明治時代からの「鉄は国家なり」という威信を背に、長らく産業界を動かしてきた。日本は今、新たな環境対策にかじを切る正念場にある。そこに鉄鋼が重しのように働き、政策の転換が進まない。「鉄の呪縛」とささやかれる構図だ。

 国内排出量取引制度は、企業ごとにCO2の排出枠を配分して削減を促し、過不足分を売買する「キャップ・アンド・トレード」という仕組み。産業界の中でも、排出量の多い鉄鋼、電力業界が強く反対している。最終的には電気料金に転嫁できる電力に対し、鉄鋼の受け止め方は、より深刻だ。新日鉄、JFEスチールは、それぞれシンガポール1国分を上回る年間6千万トンほどのCO2を出している。

 福田首相直轄の地球温暖化問題に関する懇談会。7月の北海道洞爺湖サミット前に、この排出量取引制度についてどんな考えをまとめるかも焦点の一つになっている。

 攻防の場に、産業界からは三村明夫・新日鉄会長、勝俣恒久・東京電力社長が委員に入った。日本経団連は、御手洗冨士夫会長が制度導入に「容認姿勢」を示し始めた。根強い反対を唱える両業界の首脳の意見調整を、座長で前経団連会長の奥田碩トヨタ自動車相談役に委ねた形だ。

 しかし、なかなか「呪縛」は解けない。

 「三村さんが排出量取引に慎重でしてね」。3月5日の初会合後、奥田氏自ら懇談会の様子を報道陣に話したら、新日鉄から強い不満が出た。このため、第2回からは委員名を伏せて説明する方式に変わった。

 経団連の環境関連の会合でも、依然にらみが利いていて「排出量取引に前向きの議論はしにくい雰囲気」(経団連幹部)という。

 ○迫られる排出量取引

 鉄鋼業界は、途上国には削減義務がない京都議定書を「不平等条約」と批判してきた。その主張には、確かに理由がある。

 韓国西部、黄海に臨む唐津市。現代製鉄は広大な敷地に2本の高炉を備えた一貫製鉄所を2年後の稼働に向けて建設中だ。権文植社長は「韓国が京都議定書の削減義務を負っていたら、建設は難しかった」と笑みを見せる。

 中国の粗鋼生産も、すでに日本の4倍以上の4.9億トンと世界最大だ。「今後も断じて総量による削減規制は受け入れない」と中国鋼鉄工業協会の黄導氏は言い切る。

 欧州とインド系企業の経営統合で誕生した世界最大メーカーのアルセロール・ミッタルも、全生産の約7割は途上国での生産で、その分については削減義務はない。今後、欧州で削減義務が増えれば、ブラジルなどでの生産を増やす構えでいる。

 これに対し、国内生産を優先してきた日本の鉄鋼業界は、ようやくブラジル、インドなど新興国への投資に動き出したところだ。「海外進出は電機、自動車業界より10年遅れ」(自動車メーカー幹部)といわれる。

 世界の業界地図が塗り変わるなかで、国内での温暖化対策が強化され、競争力がそがれることを何よりも恐れる。

 しかし、懇談会委員の寺島実郎・日本総合研究所会長は排出量取引制度について、「マネーゲームになりやすい」などの問題点を指摘しつつも、導入は避けられないとみる。「いつまでもノーのままでいたら、世界を敵に回し、孤立する」

 外堀は埋まりつつある。

 ○「セクター別」に希望

 鉄鋼業界が活路を見いだそうとしているのが「セクター別アプローチ」だ。産業ごとにCO2の削減可能量を積み上げるとともに、技術協力などを通じて削減を目指す方式で、日本政府が提案している。業界内でエネルギー効率の改善などに取り組み、中国やインドにも対応を促す仕組みとして望みをかける。

 「鉄の鉄による鉄のためのアプローチ」と業界事情に詳しい環境学者は語る。「鉄鋼業界を温暖化対策に引き込むための策」でもある。

 しかし、その策も順調とばかりは言えない。

 4月中旬、米国の提案で日米中印韓など計7カ国が参加する協力組織「クリーン開発と気候に関するアジア太平洋パートナーシップ(APP)」の鉄鋼作業部会が韓国の釜山で催された。

 中国の鉄鋼業界は「今後3割の省エネを実施する」との自主目標や設備合理化案を発表。中印に先進国が技術支援を進める方針を確認した。だが、協力を進めようとすると壁に突き当たるのが実態だ。

 日本の大手各社は昨年末、APPの協力で中国の環境対策の実情を見る「診断調査団」を派遣した。中国側が調査を受け入れたのは模範的な製鉄所ばかり。設備面では日本と大差なく、「いったい何をしに来たのかという雰囲気で、協力に必要なデータを開示しない企業もあった」と参加者は言う。

 セクター別アプローチでは、産業ごとにエネルギー効率の改善を進めるため、各社の詳細なデータ開示が不可欠。そもそも日本の鉄鋼業界も自社の情報開示には後ろ向きで、対応はちぐはぐだ。

 地球温暖化対策推進法に基づく情報開示では、企業ごとの開示に応じ始めたが、個別の製鉄所など事業所は「企業秘密の生産コストが分かってしまう」と拒んでいる。

 環境NGO「気候ネットワーク」は事業所ごとのエネルギー使用量の情報開示を求め、経済産業省を提訴している。訴訟を支援してきた自民党の元環境部会長、水野賢一衆院議員は「セクター別アプローチに熱心な業界が、自らの情報開示に消極的なのは理解できない」と批判する。

 世界が「低炭素」を前提とした経済に動くなか、「もはや鉄の時代ではない」とも言われる。業界体質を改善して環境対策を再構築し、新たな国際競争を乗り切る時代に来ている。(編集委員・竹内幸史)

 ◇温暖化対策、日本は62位

 世界銀行が主なCO2排出国70カ国を対象に94〜04年の削減対策の進展を評価したところ、日本は62位だった=表。化石燃料使用量当たりの排出量や国内総生産当たりのエネルギー使用量の増減などに基づく。日本の低さは、石炭利用が増え、自然エネルギー利用が伸びないことが原因らしい。効率的な経済体制に変えた旧東欧や削減に積極的なデンマークなどが上位に来た。

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