ダイナミックに発展するアジア諸国では、急膨張する都市にさまざまな「成長のツケ」が表れている。公害の発生、水不足、交通渋滞――。気候変動の影響にも懸念が募る。一方で、エネルギー多消費型の先進国とは違う発展モデルを模索する動きも出始めた。日本の協力課題も大きくなっている。
○複合公害、海辺が沈む
タイのバンコクから南に約10キロ、サムットプラカーン県の海岸べりで、寺が沈みかけていた。
約40年前に建てられた本堂の石段を見ると、1メートル近く地中に落ち込んだことが分かる。「海面上昇の影響を心配して見に来る人が増えた。科学的なことは分からない。防波堤を築いて防ぐだけだ」と住職のソムヌックさん(42)は話す。
建立時は海から1〜2キロ内陸にあった。ところが海岸線が迫り、数百人の住民と学校は移転、寺だけが残った。石垣の防波堤を築いたが、暴風雨に襲われると、高波で浸水してしまう。
海岸部でのマングローブ林の開拓、エビ養殖池や宅地の乱開発による土壌浸食。そこに地盤沈下が同時に起きているという。タイ・アジア工科大学のベルガド教授(地質学)は「バンコク周辺の過剰な地下水利用が海岸部にも影響している」。
タイ湾に流れ出るチャオプラヤ河口に開けた大地一帯には、地下水脈が広がる。80年代半ばからの急速な都市化と工業化で水をくみ上げ過ぎたようだ。地下水層が縮み、地盤が沈む現象が90年代から深刻化してきた。
首都周辺の工業地帯にも沈下現象は広がる。ある日系電機工場の土地は10年で1メートルほど沈んだ。「工場の土台を頑丈にしないと」との声が出ている。
地盤沈下は日本でも高度成長期に大都市周辺で起きた。タイ政府は徐々に規制を強め、04年にはバンコクでの地下水くみ上げを禁じた。今は「都心の沈下の勢いは以前より鈍ってきた」(ベルガド教授)という。
だが、600万人が住む首都の周辺での環境変化が、長期的にどんな影響を及ぼすのか。エネルギー消費はうなぎ登りで、バンコクの1人当たりの二酸化炭素(CO2)排出量は7トンとニューヨーク並みだ。気温は過去40年で2度上昇したとのデータもある。
天然資源環境省のアリー政策分析部長は「地盤沈下や土壌浸食の対策には、都市化の問題、河川のダム建設による土砂堆積(たいせき)の減少、そして気候変動による海面上昇などの影響を考え合わせないといけない」という。
○洪水常襲地区にスラム
都市環境のひずみは、貧困層を直撃している。
フィリピンのマニラ首都圏の海岸部。ナボタス地区では埋め立て地にあるスラム街に約5千人が住む。
運河の上にも貧困層が建てた掘っ立て小屋の「水上住宅」が林立する。水は汚れ、衛生状態は劣悪で赤痢や下痢症など感染症の発生地帯でもある。
大潮の時に豪雨が重なると、一気に水があふれ出し、数日間ひざ丈の浸水が続く。06年の台風では大洪水に襲われ、住民は屋根の上に避難した。
地区住民組織のスリート会長(37)は「台風の来るコースや速度が変わり、予測がつきにくくなった。気候変動の影響ではないか」。住民の間には「このうえ海面上昇など起きたらどうなるのか」との不安が広がる。
付近では日本政府が約90億円の円借款で、排水用ポンプ設備と海水流入を防ぐ水門を建設中だが、工事は遅れ気味だ。
マニラ首都圏は人口1千万人のうち4割がスラム居住者とされる。30年には人口が3千万人に膨らむとの予測がある。ソリマン元社会福祉開発相は「貧しい農村からの人口流入が止まらない。地方をてこ入れし、分散しないと、都市問題は根本的に改善しない」と指摘した。
○調和型都市計画、JICAが協力 欧州・韓国も名乗り
都市が巨大化する前に、都市計画全体を作り直して備えようという試みが出てきている。
ベトナムの首都ハノイ。湖沼が900もある風光明媚(めいび)な街だ。ところが今、都心の湖は底のヘドロからガスがわき、魚が大量死している。生活排水がそのまま流れ込んでいるためだ。
ハノイ市交通公共事業管理局のチュオン部長は「環境問題は洪水対策で手いっぱいだった。水処理など環境保全はこれからだ」という。350万人の人口は、12年後には500万人にまで増えると予想されている。
この街の都市計画づくりを買って出たのが、国際協力機構(JICA)だ。7億円かけて市民2万世帯の調査などを実施し、昨夏、ベトナム政府とハノイ市に報告書を提出した。CO2排出抑制も考えた「水と緑と文化の都市」をうたう。
周辺7省を含む50キロ圏内に衛星都市や森林保全地帯を設け、宅地、工業団地、水処理施設の整備、地下鉄建設などを細かく提案。ごみの分別収集、交通安全対策やそのための人づくり協力も合わせて進める。
途上国への開発援助は従来、JICAの技術協力、円借款によるインフラ建設など個別事業の「パッチワーク(継ぎはぎ)」が目立った。今回は総合的な都市政策を目玉にし、「新たな途上国協力の試金石」と位置づけている。
チン建設省副大臣も、「都市化の速度があまりに速い。90年代の都市計画では追いつかなくなっていた」と歓迎する。
しかし、高度成長を掲げ、依然として開発機運は強い。「CO2対策まで含めた案がどれだけ採用されるか。外国勢を競わせた末に『いいとこ取り』されるのではないか」(日本企業駐在員)との見方もある。
都市の環境対策を協力の柱に掲げ始めたのは日本だけでない。フランスは旧市街の町並み保存に協力を表明し、韓国はソウル市当局と企業がニュータウン建設に協力を提案。日本が支援を考える地下鉄事業にはフランスや中国も関心を示す。
都市は、新たな競争の舞台になりつつある。
○上海万博控え、CO2ゼロの街建設 中国、エコ重視へ試金石
CO2の排出ゼロを目指す街づくりの実験が中国・上海市で始まった。長江(揚子江)河口に浮かぶ崇明島に、環境と経済発展の両立を狙って建設される「エコシティー(生態城)」だ。
胡錦濤政権は資源浪費型の発展モデルへの反省から、エネルギー効率の改善を掲げている。北京五輪に次ぐ国家行事として10年に催される上海万博の目標の一つは「持続可能な都市の発展理念の推進」。上海市はエコシティーを新たな発展モデルにしたい考えだ。
崇明島は東西に80キロ、面積が1200平方キロ。戸籍上の人口は70万人で農業が主だが、上海中心部への出稼ぎ者が多い。森林や湿地が残り、渡り鳥が集まる国家鳥類保護区もある。
エコシティーは東灘地区の84平方キロに建設する計画。23平方キロに都市機能を集め、20年時点で8万人の居住を想定する。風力や太陽光、バイオ燃料、燃料電池をフル活用し、廃棄物の回収・再利用に努め、交通機関や住宅、商業ビルは省エネ型に。歩行を奨励し、郊外に森林や湿地公園、有機農園などを整える。
真っ先に協力を表明したのは英国だ。1月に上海を訪問したブラウン首相はエコシティーの設計や資金調達に関する式典に自ら出席した。
エコシティー構想は市の政策アドバイザー、諸大建・同済大教授(54)らが99〜00年に提案した。諸教授は「環境を重視するポスト工業化社会を追求すべきだ、と市に訴えた。持続発展の重要性が受け入れられた」。
上海は、乱開発で緑は減り、大気や水の汚染が激しくなっている。諸教授は「万博後も環境モデル地区として大きな課題に取り組みたい」と話す。
中国では「環境に経費をかけるのはムダ」との考えが官僚や産業界などに根強い。環境保護をどこまで浸透させられるか、政権の指導力が試される。(編集委員・竹内幸史、鈴木暁彦)