長く白眼視されてきた遺伝子組み換え(GM)作物に、追い風が吹き始めている。
○食糧高騰・温暖化で風 賛否の均衡、破る商機
GM技術の知的所有権を独占し、世界の主要作物の種子支配を狙っていると批判されてきたモンサント社(米国)は6月、世界的な食糧高騰や気候変動に立ち向かう「貢献策」を公表した。
トウモロコシ、大豆、綿という主要農産物3品目について、2030年までに00年と比べて収量を倍増させる種子を開発し、その栽培に必要な土地、水、燃料の量を3分の1削減する――。
ヒュー・グラント最高経営責任者(CEO)は「環境を保護しながら、増える食糧需要を満たさなければならない。私たちはその役割を果たしていく」と宣言した。ローマでの国連食糧サミットに合わせたタイミングだった。
○サミットも声明
先進国首脳も言及する。
ブラウン英首相は4月、福田首相に送った書簡の中で、「食糧問題の技術的解決を探る研究に乗り出す必要がある」としてGM技術を北海道洞爺湖サミットでの議論に乗せるよう求めた。ブッシュ米大統領も途上国への追加食糧支援策を発表するスピーチで「(GM作物の)普及を阻む障害を取り除くよう各国に求める」と声を合わせた。
そして、日本。
岸田科学技術担当相を筆頭とする6閣僚と有識者で3月に発足した「バイオテクノロジー戦略推進官民会議」。遺伝子組み換えについて、渡海文科相が「あまり議論されてこなかったのでぜひ採り上げてほしい」と切り出した。出席者からは「中国、インドなどではバイオ技術の進歩がすさまじいが、我が国ではGM作物の野外での研究すらままならず、非常に遅れてしまっている」との意見が続いた。
6月末に公表した中間とりまとめでは、国民の理解を広げ、中高生の教育に力を入れることを強調した。
サミットでは食糧安全保障に関する特別声明に、GM技術を含む「バイオテクノロジーの促進」を盛り込んだ。
○安全性に懸念も
異なる種の遺伝子を利用して、まったく新しい種を生み出す遺伝子組み換え。夢の技術として期待を集める一方、自然界になかった存在を生み出す「フランケンシュタイン技術」として人の健康や生態系への悪影響が心配され、賛否の対立が続いてきた。
その均衡を破るかのように、気候変動問題などを足がかりにGM推進派の攻勢が始まった。
英国の農業コンサルタントPGエコノミクス社は、GM作物の栽培で、06年には乗用車650万台分に相当する二酸化炭素(CO2)約1500万トンが世界全体で減ったとの試算を公表した。雑草を除くのに畑を掘り起こす必要がなく、農薬の散布回数も減るため、土中からのCO2排出や農機具のエネルギー消費が抑えられるという。温暖化被害に対応し、干ばつや高温に強い作物の開発も各地で進められている。
フィリピンの国際イネ研究所(IRRI)のロバート・ザイグラー所長は「今こそ遺伝子革命が必要だ」と力説する。「世界を救える技術があるのに規制して使わないのは犯罪に近い」とまで言い放った。(庄司直樹)
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○農業の未来か幻想か 「高機能」品種、進む開発
水田は、鉄製のフェンスとビニールシートで二重に囲まれていた。むせるような暑さの中、農民らがコメを刈り取り、麻袋に慎重に詰め込む。
今月7日、フィリピン・マニラ南方のラグナ州にある国際イネ研究所。遺伝子組み換えをしたコメ「ゴールデン・ライス(GR)」の収穫だった。厳重なのは、種もみが飛ぶなどして周囲の生態系に影響しないようにするためだ。
GRは、トウモロコシやラッパズイセンなどの遺伝子を組み込み、ビタミンAのもととなるベータカロテンが含まれるようにした次世代の遺伝子組み換え(GM)作物。ビタミンA不足で命を落とす貧しい国の子どもたちを救う目的で開発された。
本格的な収穫は初めて。研究所のラウル・ボンコディンさんは「試験栽培を広げるのに十分な収穫ができた」。11年までの量産化を目指す。
干ばつに襲われたオーストラリアでは、乾燥に強い小麦の開発が進む。研究者のゲルマン・シュパンゲルベルク氏は「農業国である我が国の未来がかかっている」と語る。
従来のGM作物は、除草剤を浴びても枯れないか、特定の害虫への殺虫作用を備えているかの2タイプが主流だった。最近は増収や、干ばつや塩害への耐性、栄養強化などを目指す様々な開発が進む。
国際アグリバイオ事業団(米国)の調べでは、GM作物の商業栽培を手がける国は米国を筆頭にアルゼンチン、ブラジルなど23カ国に広がっている。07年の栽培面積は計1億1430万ヘクタールとなり、日本での農作物の総作付面積の25倍の広さという。
各国の農業政策も揺れる。
食への安全意識が高い欧州では、96年の本格的な商業栽培開始以来、独仏伊など6カ国が受け入れを拒み、推進派の米国と世界貿易機関(WTO)で争ってきた。それが06年末、拒否を認めないとする紛争処理小委員会の最終報告が示され、潮目が変わった。今は「共存」が課題だ。
フランスでは5月、遺伝子組み換え体法が成立。有機農法の保護や被害の際の補償などを前提に門戸を開けた。
反対派も黙っていない。
90を超す国のNGOが集まる「農薬行動ネットワーク」に加わるフィリピンの「MASIPAG」。メンバーの農民らは田畑に最低3品種を植え続ける。開発した一握りの品種に頼るGMは、多様な固有種を追い払って農業を脆弱(ぜいじゃく)にするとの問題意識からだ。
メンバーのチトー・メディナ博士は「GMで干ばつに強い作物ができても、台風や病虫害などに同時に襲われたら対応できない。生物の多様性こそ持続可能な農業を実現する切り札だ」と強調する。他のNGOからも「GM技術で地球を救えると期待するのは幻想だ」との声が上がる。
○国内にも静かに浸透 表示義務に「穴」
コーンスターチを製造する三和澱粉(でんぷん)工業(奈良県橿原市)は今春、遺伝子組み換えトウモロコシの一部使用に踏み切った。穀物高騰のあおりで非GM原料が品薄となり、価格も高くなったためだ。試みに約4千トンを輸入した。
同業他社にも動きは広がり、清涼飲料水や菓子類の糖分としてGM原料のコーンスターチが出荷され始めている。
日本スターチ・糖化工業会は「消費者には、GM作物の安全性は国に認められているということをわかっていただきたい」という。
国内では、環境への影響がなく、食品安全委員会で安全性が確認されれば、GM作物を栽培したり食品や家畜の飼料として用いたりできる。ただ、商業栽培の例はなく、出回っているGM作物はいずれも輸入品。大半は飼料だが、食用油やしょうゆ、ジュース、菓子、調味料などにも広く使われている。
この問題に詳しいジャーナリストの天笠啓祐さんは「日本人は、知らないうちに世界で最もGM食品を食べている国民の一つ」と指摘する。
実感が乏しいのは、表示の義務がない食品での使用がほとんどだからだ。
組み換え原料の含有量が少なかったり、食用油やしょうゆなど加工される途中で組み換えDNAなどが除かれたりする食品は表示が不要とされている。
環境NGOグリーンピース・ジャパンの棚橋さちよさんは「必ずしも必要がない『組み換えでない』という表示は広く見られるのに、『組み換え』を正直に出す例がほとんどないのは、食品メーカーが消費者の知る権利を軽く見ているためだ」と批判する。
GM作物には、GM作物の花粉が飛んで別の農作物の遺伝子が組み換わるなどの影響や、食べることでアレルギーが起きやすくなったり免疫力が落ちたりするとの心配が根強い。長期的なリスク評価もされていない。
しかし、流通関係者の間では、非GM作物の確保は今後さらに難しくなるとの見方が広がる。
穀物の主要生産国である米国では今年、GMのトウモロコシが全栽培面積の80%を占め、大豆では92%に達した。大手商社の担当者は「日本の消費者がGM食品をすぐに受け入れるとは思えない。非GMの品薄が続けばパニックが起きかねない」と心配する。
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■分断される土地と人
人口増と生活水準の向上によって、食糧増産の圧力が続く。しかし、肝心の地球に増産余力はあるのだろうか。
国連は05年、生態系がもたらす恵みを調べた「地球生態系診断」を発表した。24項目のうち「向上している」とされたのは穀物生産、家畜生産など4項目だけ。漁獲、淡水など15項目が低下していた。河川や湖からの取水は40年で倍加し、過去半世紀で耕作地になった面積は18、19世紀の合計より多かった。
ぎりぎりまで食糧増産を進めた歴史が浮かび上がる。酷使された地球はヘトヘトだ。
土壌は肥料の窒素だらけ。海では過剰漁業が続き、川の流れは細くなった。農業での大量くみ上げで、各地の地下水位は急速に下がっている。
地域の生態系と地球の再生産力が劣化している。
グローバル化の中で、さらに悪化しかねない。今は食糧も日用品のように取引され、価格の安い先進国の穀物がアフリカ諸国にも輸出される。国際市場ばかりに目が向き、地域に合ったバランスのとれた農業が衰退している。
世界はどこに向かうのか。米国の環境専門家レスター・ブラウン氏によれば、中国やリビアなど将来の食糧輸入大国はメキシコ、ウクライナ、ウルグアイなどの土地を長期で借りる計画をもつという。自国向け生産のためだ。
本来、食糧は地域の生態系を使って作られ、そこで消費され、人々の生活を保ってきた。その土地と食糧と人との関係が切り離されつつある。
この関係を取り戻し、環境を大事にしながら世界を養えるのか。食糧現場で何が起きているのかを「食糧ウオーズ」で報告する。(編集委員・竹内敬二)