現在位置:
  1. asahi.com
  2. 環境
  3. 「環境元年」第6部文明ウオーズ
  4. 記事

〈2〉クルマ100年 悩む米

2008年12月2日15時37分

印刷

ソーシャルブックマーク このエントリをはてなブックマークに追加 Yahoo!ブックマークに登録 このエントリをdel.icio.usに登録 このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをBuzzurlに登録

グラフ

写真自動車ショーに展示されたGMのハイブリッドSUV。排気量は6000ccで、環境対策を講じながらも大型車志向は変わらない=11月28日、ロサンゼルス、岩崎央撮影

○エコ技術「日本に負けた」

 自動車文明100年で迎えた曲がり角である。

 その発祥地、米デトロイトの近郊には、フォード・モーターの創業者ヘンリー・フォード氏(1863〜1947)の記念博物館がある。飾られている黒いクラシックカーの中に、電気自動車がある。20世紀初め、フォード氏が妻の誕生日に贈った。

 当時、自動車の動力源は、まだ電気、蒸気機関、そしてエンジンの三つが混在し、性能を競っていた。「発進しやすく、静かで女性向き」と、約40社の電気自動車メーカーが開発競争を繰り広げた。

 しかし、その中から抜け出たのは、フォード氏が1908年に発売したエンジン車「T型フォード」だった。組み立てを自動化した世界初の大量生産車。1500万台以上が売れた。その08年に創業したゼネラル・モーターズ(GM)も追随する。

 以来100年。化石燃料と、それを燃焼させて動力を生み出すエンジンが自動車文明を支え、欧州や日本、最近では中国、インドに広がった。今、地球温暖化と石油の枯渇がクルマ社会に変容を迫るなか、自動車業界が販売不振にあえぐ。

 次の100年はどうか。フォードのマーク・フィールズ副社長に尋ねると、「電気、ハイブリッド、水素による燃料電池車……。すべて電気技術が決め手になる」。だが、自ら築いた産業体系をシフトチェンジするのは容易でない。

 11月下旬、ロサンゼルスでの自動車ショー。フォードが来年の発売に向けて発表したのはハイブリッド車「フュージョン」だった。モーターは東芝、電池は三洋電機。環境対策車を支える日本の基幹部品を取り込み、生き残りをかける。

 GMの目玉は、家庭で充電できるハイブリッド車「ボルト」。トーマス・ステファンズ副社長は「巻き返し戦略だ」と力説した。ただ、発売は2年後。「経営難で開発が遅れている」とささやかれる。

 デトロイトの部品業界団体の幹部はいう。「最盛期の70年代まで、GMには政府系研究機関の次に多い博士号取得者が就職したものだ。今は物作りに人材が集まらない。開発力は弱まった」。GMの研究開発費も96年の89億ドルから06年には66億ドルに減った。

 GMは90年代半ば、高性能の電気自動車を開発し、注目された。だが、安い石油と大型車ブームに浮かれ、「電気シフト」は続かなかった。自動車専門誌「ワーズ・オートワールド」のドリュー・ウィンター編集長は「環境対策より短期の利益を追い、日本のハイブリッド車に負けた」。

 GMは、二酸化炭素(CO2)を出さない「究極のエコカー」の旗も掲げ続ける。水素の燃料電池車だ。10億ドル以上を開発に投じたとされる試作車約80台を全米で試験的に走らせている。

 水素を扱う保安基準が厳しい日本に比べ、米国は研究開発がしやすく、政府の積極支援もある。ホンダなど日本勢もカリフォルニアを水素研究の世界拠点にしている。

 だが、商用化にこぎつけるのは15年以降ともいわれる。「自動車産業の終焉(しゅうえん)」の著書がある環境ジャーナリストのビジャイ・ベイティーズワラン氏は「その時、果たしてGMが生き残っているかは分からない。それでも米国が自動車文明革新の舞台であることを信じている」と語った。

○ロスに路面電車復活構想

 CO2の大きな排出源である自動車利用を見直す動きは、欧州を中心に急速に進んでいる。自動車王国の米国でも、「脱クルマ社会」への模索が都市部で動きつつある。

 ロサンゼルスの都心部を貫くブロードウェー通り。かつて最先端のブティックや劇場が並び、夜遅くまで人出が絶えない繁華街だった。それが今、だだっ広い駐車場や空き店舗が目立ち、12軒あった劇場・映画館も2軒に減った。夕方に多くが店じまいし、街は暗く、閑散としてしまう。

 ここに路面電車を復活させ、街の再生を図ろうという市民運動が起きている。市民団体「ブロードウェー再生財団」のジェシカ・マクレーン事務局長は「ガソリン価格の高騰と温暖化対策の必要性から、市民の意識が変わってきた」。14年の敷設を目標に事業化調査を進めている。

 ロスにも昔、サンフランシスコのような路面電車が縦横に走っていた。ところが、1940年代にバス会社に買収された。その大株主はGMや石油会社、タイヤメーカーだった。買収後、電車の路線は次々にバス路線に置き換えられ、60年代に撤廃された。

 主な都市にあった路面電車はモータリゼーションの波に押され、多くは姿を消した。都市と郊外を結ぶ近距離鉄道も少なく、通勤はマイカー頼み。住宅が郊外に虫食い状に広がる「スプロール現象」があちこちに見られる。都心は居住者が減り、治安が悪化しやすい。自動車文明の「負の遺産」とも言える。

 米国の都市でマイカーを持たずに暮らせるのは、20世紀初頭に地下鉄が開通したニューヨーク、ボストンぐらいと言われる。自動車文明が押し寄せる前に地下鉄で都市交通の基盤が築かれたからだ。

 ロスのように路面電車やモノレールなど小型の鉄道を整え、都市交通の改革を図ろうとする動きは少しずつ広がっている。ロスでは今年8月、シアトル、デンバーなど7都市代表が集まり、意見交換会があった。ポートランドからは都心を走る路面電車の一定区間を無料にしたり、自転車利用を促したりして車利用を減らした実績が報告された。

 「よちよち歩きだが、クルマ社会に対するスローな革命を進めたい」。ロスの再生財団のマクレーン事務局長はいう。(編集委員・竹内幸史)

検索フォーム
キーワード:


朝日新聞購読のご案内