■自然科学(長崎・島原)
総文祭特集ページはこちら島原市のシンボル的存在の眉山(まゆやま)(818メートル)。1792(寛政4)年、普賢岳の火山活動に伴う地震で山の南側が大きく崩壊。崩れた土砂が海まで達して津波が発生し、対岸の熊本を含め、約1万5千人が犠牲になった。「島原大変肥後迷惑」とも言われている。
眉山のふもとにある島原高校理学部の生徒らは、手作りの地形図で眉山を再現。地震の揺れで山がどのように崩れたのか、実験を繰り返してきた。崩れた土砂の流出量や方向、地域などについて2年間にわたり調査・研究を重ねた。総文祭の自然科学部門(地学)で、その成果を発表する。