【仲村和代】1人で居酒屋に行く――。これが一橋大学の大学院の宿題だ。赤ちょうちんを都市の文化空間とみなした、れっきとしたフィールドワーク。学生たちにとっては、異文化との出会いの場でもある。
6月下旬の日中、東京都昭島市。同大学院修士課程1年の松山彩音さん(23)は、西武拝島線拝島駅前で居酒屋を探していた。
殺風景なビルの1階で、赤ちょうちんを発見。引き戸のガラス戸越しに、カウンターで飲む人たちの声が聞こえた。近隣の店より際だって地味な店構えだ。
「常連客ばかりに違いない。ここにしよう」
そう心に決めたが、居酒屋に1人で入るのは初めて。20分ほど店の前をうろうろした末、思い切ってのれんをくぐった。
「自分の感覚を頼りに探した飲食店に1人で行くこと。ただし、チェーン店はダメ」。それが社会学の授業で出された課題だ。4月以降、居酒屋が都会人に欠かせない「居場所」になっていることを文献などで学んできた。フィールドワークは、その仕上げとなる。
■ひとつの社会
油染みのある天井、むき出しの換気ダクト。飾り気のない店内で、初老の男性客たちが迎えてくれた。いずれも地元の住民だった。
「店主はお母さんみたいなもんだよ」。話は弾み、本当は夜にしか出ない「裏メニュー」の存在も教えてもらった。40代後半らしき男性は「自分の素性はあんまり話すもんじゃないよ」と耳打ちしてくれた。さらに飲み、話すうちに、「いま、愛してる人がいるんだよ」としみじみと身の上話までしてくれた。
ふだん行く居酒屋は、チェーン店ばかり。見知らぬ人と交わることは、まずない。「居酒屋は一つのコミュニティーなんだと腑(ふ)に落ちた。対話力を鍛える絶好の場ですね」