現在位置:
  1. asahi.com
  2. ライフ
  3. 教育
  4. 2012年度大学入試センター試験
  5. 合格祈願紀行
2011年12月8日
このエントリーをはてなブックマークに追加
mixiチェック
2012年度大学入試センター試験
試験日:2012年1月14日・15日

合格祈願紀行

震災に耐えた「合格祈願」巨石 釣石神社、復興への願い

写真:釣石神社2011年:注連縄がかかった今にも落ちそうな巨石(中央奥)と宮司の岸浪均さん=2011年11月30日、宮城県石巻市北上町の釣石神社拡大注連縄がかかった今にも落ちそうな巨石(中央奥)と宮司の岸浪均さん=2011年11月30日、宮城県石巻市北上町の釣石神社

写真:釣石神社2005年:合格を祈願し、茅の輪をくぐる中学生ら=2005年12月20日、宮城県石巻市北上町の釣石神社拡大合格を祈願し、茅の輪をくぐる中学生ら=2005年12月20日、宮城県石巻市北上町の釣石神社

写真:釣石神社2011年:周辺の民家は土台を残して流失し、道沿いに立つ電柱ばかりが目立つ。未処理の瓦礫が一部残っていた=2011年11月30日、宮城県石巻市北上町の釣石神社拡大周辺の民家は土台を残して流失し、道沿いに立つ電柱ばかりが目立つ。未処理の瓦礫が一部残っていた=2011年11月30日、宮城県石巻市北上町の釣石神社

写真:堀込夫妻:宮城県石巻市長面の自宅を津波で流され、現在は仙台市内で暮らす堀込光子さん(左)と智之さん夫妻。「釣石神社が元気になってほしい」と願う拡大宮城県石巻市長面の自宅を津波で流され、現在は仙台市内で暮らす堀込光子さん(左)と智之さん夫妻。「釣石神社が元気になってほしい」と願う

 巨石は東日本大震災に耐えた。崖から突き出た「落ちそうで落ちない石」の姿から、合格祈願などの名所として知られる宮城県石巻市北上町十三浜の釣石神社。北上川河口に近い周辺の集落は津波にさらわれて今は枯野となり、神社も社務所や鳥居、飾ってあった絵馬などが流された。それでも、今月11日の日曜日には避難先などから氏子が集い、北上川で刈り集めたヨシを用いて、例年のように受験生らの幸を願う大きな茅の輪が作られる。(アサヒ・コム編集部 戸田拓)

■「ヨシ合格」で人気

 神社は元和4年(1618年)頃、山間から北上川に近い今の場所に遷宮された。名称の由来は地上約5mあたりの崖の中腹から突き出たかたちの御神体「男石」。周囲約14mの巨石だ。明和9年(1772年)に完成した仙台藩の地誌「封内風土記」にも「上に大石ありてこれを蓋し、その形窟の如し」との記述が残っている。

 川沿いの小さな神社の石は、マグニチュード7.4を記録した1978年の宮城県沖地震でも無事だったのをきっかけに脚光を浴びる。1998年頃から氏子らが「神社を観光名所にして地域を盛り上げよう」と北上川の河岸に生い茂るヨシで直径3.5mの茅の輪を作って奉納。受験生らがくぐれるようにして「ヨシ合格」の語呂合わせでアピールした。県外からも合格祈願をする人が訪れるようになり、年間百人に満たなかった参拝客は正月三が日だけで5、6千人を数えるようになった。

■震災からの再起

 「男石」は落ちなかったものの、震災で地域は途方もない被害を受けた。

 10m前後の津波が北上川を遡上。川向こうの大川小では児童74人が死亡・行方不明となる悲劇があったが、神社のある追波地区も76戸のうち73戸が流された。石巻市職員でもある宮司の岸浪均さん(56)の勤め先の北上総合支所庁舎も津波の直撃で全壊。同僚17人と地震で避難してきた多くの市民の命が失われた。神社一帯は沼地のようになり、境内の杉の木は赤く立ち枯れた。岸浪さんは「3年は元に戻るまい」と覚悟した。

 だが、巨石の無事を知って釣石神社の復活を願う問い合わせが相次いだことが、岸浪さんらを勇気づけた。岐阜県の南宮大社からも助力を得て瓦礫を取り除き整地し、流木でテーブルを作るなどして、仮社務所の設置にまでこぎつけた。

 さわさわと風に鳴り「残したい日本の音風景100選」にも選ばれた北上川河口の広大だったヨシ原は見る影もないが、より上流の河川敷からヨシを取り寄せる手筈を整えた。被災地で不足している仮設トイレもようやく11月末に手配のめどがつき、新年の参拝客を迎える最低限の支度はできた。

 石巻市は震災復興基本計画を策定中だ。北上川河口地域の宅地の高台移転が決まれば人は住めなくなる。失われた暮らしは二度と元に戻らない。それでも、「地域復興には観光が一番いい。知名度のある神社を核に、自然豊かな公園地区を作れないか」。強い風が吹く一面の荒野を前に、岸浪さんはそんな夢を描いた。

■「ぜひ見に来て」被災の夫婦

 「へえ、すごい。やっぱり落ちなかったんだ」。神社の対岸の長面地区に住んでいた元小学校教諭の堀込(ほりこみ)光子さん(64)は今年6月、仮住まい先の仙台市内で読んだ郷土史研究誌で、釣石神社の「男石」が崩落しなかったことを知って驚いた。

 光子さんは家を津波に流され、裏山で凍えながら2晩野宿し避難場所を渡り歩いた顛末を11月、元高校教師の夫・智之さん(64)との共著「海に沈んだ故郷」(連合出版刊)に記した。波の研究者でもある智之さんは、震災3週間後に竿とたこ糸を持って河口域を巡り、各地の波高を計測して津波の具体的な振る舞いを克明に記録した。

 海と山の恵みを享受していた半農半漁の集落は壊滅的な打撃をこうむった。夫妻は「何もなくなってしまったけど、ぜひ遠くから多くの方に神社を見に来てほしい」と願う。「みんな壊れてしまった中で壊れなかったものがあった」と智之さん。「被災地にとっては、忘れ去られることが一番つらい。神社を訪れ、そして周辺の光景も記憶にとどめてほしい」

     ◇

 釣石神社は三陸自動車道河北インター近くの道の駅「上品の郷」から20キロ弱。

合格祈願紀行一覧

検索フォーム


朝日新聞購読のご案内
新聞購読のご案内事業・サービス紹介