【動画】よしもとばななさんから受験生へメッセージ=戸田拓撮影

写真・図版「学生時代は、いろいろ挑戦するといいと思います。男の子なら自転車で北海道一周とかマグロ漁船に乗るとか」=東京都内で

写真・図版久しぶりに、センター試験に出題された「TUGUMI」の問題を解いてみた=東京都内で

写真・図版1996年度センター試験の国語第2問より

写真・図版「TUGUMI」(中公文庫)

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 「TUGUMI」をセンター試験に使っていただいた時のこと(1996年度国語)は、よく覚えています。問題を解いてみたら、満点を取れなくてびっくり。なんで自分の書いたものなのに間違いになるんだろう、納得いかない、と(笑)。

 でも、試験に使いたい、というお話をいただくと、喜んで、とお返事をしています。

 生活の中で自然に本と出あう、という機会は減り、自分で書店に行って本を買うという行動も、ハードルが高いものになっています。

 そんな中で、普段本を読まない人にも作品を読んでもらえるチャンスですし、特殊な状況とはいえ、あれだけの集中力で読んでもらえる機会はそうありません。

 まして、試験がきっかけで本を手にとってくれる人がいるというのは、本当にうれしいことです。私は、多感な時期をすごす若い人や、いろいろなことをちゃんと感じられるから生きづらい、という人たちの「担当」として、少しでも支えになれたらいいな、と思って小説を書いていますので。

■試験問題が広げてくれた本の世界

 私は、国語の試験が好きでした。他のことにわずらわされずに作品が読めて楽しかったし、問題を作った人との駆け引きや知恵比べも面白かった。

 試験のあと、出題された作品の入った本を買いに行くこともありました。

 中島敦の「山月記」は、解けなかった1問が気になって全部読まなきゃ、と。「走れメロス」など太宰治の短編は、文章の力があまりに圧倒的で、思わず買いに走りました。

 教科書のおかげもありますが、井伏鱒二の「山椒魚」や田山花袋の「蒲団」など、敬遠しがちだったものも含めて、幅広い作品にふれられたことは、本当によかったなと思っています。

 欲をいえば、もう少し翻訳文学があるといいなと思います。国や時代が全然違っても、人間の考えていることは、そんなに変わらない、ということが、若い時に読むと芯からわかりますので。

■「執行猶予」に冒険を

 大学入試って、目標さえあれば、楽しめるものなんじゃないかと思います。文学に限らず、いろいろな「作品」との出あいの場でもありますから。

 例えば、私が苦手な数学でも「あの試験のあの問題には感動した」ということがあるらしいんです。いい問題で、作り手との真剣勝負ができたら、一生の記念にだってなるかもしれません。

 私の場合は、どうしても大学に入りたい、というわけではなかったから、全然楽しくなかったですけど。

 中学時代は、塾に通って模試も受けていましたが、小説家を目指す私にはムダだと悟って。高校にはあまり行かず、たまに行っても授業中の教室か光画部(天文・写真などの連合部)の部室で寝ていました。

 一応、大学受験はしましたけど、2校ぐらい落ちまして。浪人になっちゃったなあ、と家でしょんぼりしてたら、友達が「日本大学の芸術学部(日芸)なら間に合うよ。私、願書2枚もってるからあげる」と。それで受かったんですが、論文重視だったから、何とか通ったんでしょうね。

 なのに、日芸でも、講義にはほとんど出ず、小説を書いていました。

 でも、日芸は面白かった。俳優の真田広之さんの所属した「殺陣同志会」など、そこに入れば芸能界への道が開けるサークルがありましたし、すでに起業している人もいました。企業や役所に入らなくても生きていける、ということを実感できたのは、私には大きかったと思っています。

 みなさんも無事、大学生になったら、勉強するだけでなく、冒険したり、遊んだりしながら、社会に出るための道筋を探し出してほしいと思います。大学時代は、世間も大目に見てくれる執行猶予期間。親御さんも、ぜひ、止めずにやらせてあげてほしいと思います。(聞き手・魚住ゆかり)

     ◇

 よしもと・ばなな 23歳だった1987年、日本大学芸術学部在学中に書いた小説「キッチン」でデビュー。以来、孤独感漂うやわらかな作風でミリオンセラーを連発し、世界的な人気作家として活躍する。4番目の作品として89年に出版された「TUGUMI」も、200万部近い人気作。最新刊は「花のベッドでひるねして」(毎日新聞社)。