現在位置:asahi.com>教育>子育て>ゆき姐の子育て応援エッセー> 記事 帰国後の学校選び(2)2008年03月27日 裕美ちゃん(前回参照)たちの住む場所がやっと決まった。 都心で、近所には各国の大使館などもあり、その関係者の家族も住んでいる地域だった。 彼女の新居に遊びに行ったときに近所を散歩したら、何人も外国の人に会った。 ベビーカーに赤ちゃんを乗せて散歩中のママとパパ、という金髪に青い目の家族にも会った。 行きかう人たちの3分の1は外国の人、そんな感じすらする地域だった。 ニューヨーク(NY)から子どもを連れて帰ってきた裕美ちゃんにはやさしい街かな、そんな感じだった。 近所には公立小学校が何校かあったそうだ。 中には、裕美ちゃんの娘のように海外から帰国してきた子や、お父さんが外国の人で、お母さんが日本人、という子も何人か通っている学校もあったそうだ。 たまたまそんな地域に社宅があり、裕美ちゃんたちもそこに住むことになったが、4年ほど前に、やはりお父さんの仕事の関係でNYに3年ほど住んでいた友だちの日本人家族は、以前彼らが住んでいた岐阜に帰って来た。 その家族には当時10歳と8歳の姉弟がいたのだが、NYでは裕美ちゃんの娘と同じように現地校(現地NYで使われている言語、英語で授業をする学校)に通っていた。 お姉ちゃんのほうは岐阜の公立小学校の1年生を終えてからNYにやって来たのだが、英語での勉強もとてもよくできたし、弟のほうもちゃんとできたし、学校でも友だちがたくさんいたそうだ。 NYにいるときも家では、両親は日本語で子どもたちと話していたそうだが、学校生活が長くなってくると、子ども同士は英語で話したりしていることも多くなってきたのだそうだ。 そんな矢先に日本に帰り、日本の学校にいきなり編入させてしまって大丈夫だろうかと心配をしたそうだが、選択肢はそれしかなかったので、結局、お姉ちゃんが前に通っていた公立小学校に、お姉ちゃんは4年生、弟は2年生に編入したそうだ。 幸いなことに、子どもたちはすぐに学校になじんだそうだ。 そこは海外から帰国してきた子がいなかったが、お姉ちゃんは前にいた学校だし、弟はまだ2年生ということもあり、すんなりなじめたのではないかと、お母さんは言っていた。 弟のほうは、何はともあれ給食がおいしいと毎日喜んで学校に行ったという。 ここもNYにいるときも、日本語の勉強は毎日家でやっていたという。 ひらがなはとにかく、漢字はやらないとできない代物だ。 英語の勉強と両方はなかなか大変だったがやっていてよかったと、お姉ちゃんが言っていたそうだ。 小学校4年生にしてあっぱれ! あれからお姉ちゃんは中学生になり、英語は得意中の得意だそうだが、6年生の弟は、英語はすっかり忘れたと今は言っているという。 さて、この家族は選択肢なしで帰国後の学校を決めてうまくいった例だが、さて、裕美ちゃんはどんな学校選びをするのだろうか。 (次回に続く) 兵藤ゆき プロフィール
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