2008年5月22日
せっかく土曜日に7歳の頃、13歳の頃、そして現在の林さんと3人揃ったので、学校の帰り道の、いつも魚を獲る川に行こうということになった。(前回参照)
途中、小さな女の子が大きな水牛の綱を引いて歩いている姿が見えた。
その子は林さんのクラスメートで、勉強が一番良くできた女の子だった。
彼女の家は、貧しい農家だった。
水牛は農作業のために飼っていて、毎日学校が終わると、水牛に草を食べさせに行くのがその女の子の仕事だった。
一口に草を食べさせるといっても、それは簡単な仕事ではなかったようだ。
大きな水牛はたくさん草を食べる。
その草は自然に生えているものだが、どこにでもあるというわけにはいかない代物だった。
おいしそうな草を探し、水牛をそこに連れて行く作業はなかなか大変な仕事だ。
まして、大きな水牛はたくさん草を食べる。
水牛がお腹一杯になるまで食べさせるのは、並大抵のことではなかった。
その日も、女の子は水牛を引きながらおいしそうな草を探していた。
しばらくすると、どうやら見つかったようで、女の子は水牛に草を食べさせ始めた。
そして、水牛に草を食べさせている間、彼女は本を読んでいた。
そうか、この時間を利用して本を読んでいたのか…。
女の子は水牛の世話のほかにも、豚やニワトリの世話もしていたので、家に帰ってからも忙しく、とても勉強している時間はないようだった。
でも、成績がとても良い彼女のことを、子どもの頃林さんは不思議に思っていた。
が、こうして夢の中であらためて彼女を見て、林さんはその謎が解けたようだった。
女の子は仕事の合間の隙をみて、ちゃんと勉強していたのだった。
林さんは7歳の頃の自分に向かって言った。
「あの子を見てごらん、牛の世話をしながら勉強しているよ。家に帰ると豚の世話もしないとあの子の仕事は終わらないのに、あんなに勉強しているんだよ」
「ぼくも豚の世話をしているよ」
7歳の頃の林少年が言った。
それを聞いて現在の林さんが言った。
「そうかな? 確かに君のうちでも動物をたくさん飼ってるよね。でも君は豚たちの世話をしないで、山から好きな鳥や虫を捕ってきて飼ってるんだよね。君はお家の仕事を手伝ってるかい? 勉強をちゃんとやってるかい? あの女の子は、一度も土曜日に弁当を持ってきた事はないだろう? 君はいつも土曜も日曜も弁当を持って学校へ行ってるじゃないか。あの女の子は大きくなってから、台湾で一番優秀な大学を卒業したんだよ」
その女の子は小学校だけでなく、その後も頑張って勉強し、台湾で一番といわれる大学を卒業し、現在は台湾の政府機関で働いているそうだ。
小さな村から大出世した彼女のことは、村の誇り。
土曜日に居残りになる子どもは、いわゆる勉強のできない悪ガキばかりで、林さんはその中の一人だったわけだ。
でも、夢の中の子どもの頃の自分にお説教してみたが、あの頃はあの頃で、林さんは楽しかったと思った。
学校が終わると、よその家のバナナやパパイヤや椰子の木に登り、こっそり頂戴し、仲間と腹ごなしをして帰ったのも楽しい思い出だった。
そう思い直し、今度は川原で、川の水をせき止める様に3人で石の堤防を作り、採ってきた果物を冷やしている間に、川で獲った魚を焼くことにした。
しばらくすると、魚の焼けるいい匂いがしてきて、丁度食べごろなった。
さて、魚を食べようか、と思ったそのとき、サイレンのけたたましい音と、子どもの声が聞こえてきた。
「朝ごはん、できたよ」
林さんは自分の子どもの声で、夢から覚めたのだった。
(次回に続く)
◇
〈編集部から〉兵藤ゆきさんの最新刊『子どもがのびのび育つ理由(わけ)』(発行=マガジンハウス)が好評発売中です。当コラムの書名部分をクリックしてもお求めいただけることが出来ます。
名古屋市出身。血液型O型。東京・名古屋・大阪で深夜ラジオのパーソナリティーを皮切りに個性的なキャラクターでテレビ番組に登場し、その後エッセー、脚本、作詞、歌手、小説等ジャンルを超えて幅広く活躍。1996年に長男誕生後、ニューヨークにで11年余り生活。2007年に日本に帰国。
主な著書に、「子どもがのびのび育つ理由」(2008年4月 マガジンハウス)、(対談集)「頑張りのつぼ」(05年7月 角川書店)…ニューヨークで活躍する日本人8人の方との書き下ろし対談集(宮本亜門・千住博・宮本やこ・野村尚宏・平久保仲人・河崎克彦・高橋克明・小池良介)、(翻訳本)「こどもを守る101の方法」(06年7月 ビジネス社)などがある。