妊婦になって、私の日々の最大の関心事は、トイレになってしまった。便秘になりやすいとは聞いていた。だから、絶対に私はなるものか、と思って頑張ってきた。毎朝、起き抜けに水を飲み、雑穀がたっぷり入ったシリアルを食べ、ヨーグルトを食べ、根菜類をたくさん食べるようにしてきた。便秘薬の世話になるものか。そう思って、つわりで気持ち悪くなっても食べていた。
妊娠5カ月に入るまでは、それで何とかしのいできたが、限界が来た。毎日お通じがあっても、シカのようなコロコロうんちがちょっとだけ。おなかが張ってしまい苦しくて仕方がない。便秘は赤ちゃんの大敵なのに。次第に大きくなる赤ちゃんでおなかが狭くなり、ガスがたまりやすくなる。おならも止まらない。我慢するとおなかにたまり、さらに苦しくなってしまうので我慢するのもやめてしまった。出先でうっかりしてしまい、何度青ざめたことか。仕方がないので、病院で便秘薬を処方してもらうことにした。以来、出産まで手放せなくなった。
うんちが出ると、もううれしくてうれしくて、夫に「今日ね〜」と報告した。1日に1回以上あると、もうそれはすごい得をしたような気分になって、世の中がバラ色に見えた。
ライフスタイルも変わった。仕事柄、夜型人間で、朝は苦手。朝食はカフェオレとフルーツぐらいだったのに、夜が苦手になった。暗くなってからの帰宅は怖いし、体もつらい。午後8時を過ぎると眠くなってしょうがない。午前7時には目覚め、朝食もしっかり食べるようになった。どうも妊婦になると、本来の人間らしい感覚が戻るような気がする。
価値観も変わってきた。妊婦になるまでは、おしゃれは見た目重視。多少、体をいじめても気にならなかった。「これが一番」と母が推奨した、おへその上まで隠れる綿100%の大きなパンツ。バカにしていたのに、それ以外はパンツとして受け入れられない体質になってしまった。ブラとショーツが対になった、合繊のレースのかわいいマタニティー用下着を奮発して買ったのに、タンスを開けて、つい手が伸びるのは綿100%のデカパンになってしまう。靴も、履きやすさと安定性を重視するようになった。マタニティーウエアは結構高い上に、着るのは期間限定。極力買わずに済ませた。下着とジーンズなどのボトムスは、サイズが変わりすぎて買わざるを得なかったが、それ以外の服は先にママになった友人から譲ってもらった。当時のトレンドがハイウエストのワンピースやチュニックだったので、あえてマタニティーウエアを買わずに済んだのもラッキーだった。
妊婦になって一番うれしかったのは、期間限定とはいえ、人生で初めて胸に谷間ができたこと。そのうち完全に胸よりもおなかが出てしまったが……。谷間がないと、サマにならない服装ってありますよね。たとえば、ラップドレス。キャミソールなしで着てみると、なんだかミラノマダムのような貫禄が。
と、悦に入っていたのは私だけのようで、その格好で出かけようとしたら、居合わせた母親に「何ですか、そのみっともない格好は!」と、こっぴどくしかられた。夫も「その格好で本気で出かける気?」。すごすごと、着替えることとなった。
一つのことが気になると、とことん突き詰めたくなる性格で、妊婦本もずいぶん読みあさった。ハウツーものから、セレブのエッセーものまで。中でも特におもしろかったのが、アメリカ人の経産婦の作家と医師が書いた『妊娠セラピー』だった。毎日、出産まであと○日とカウントダウン式でページ立てされており、ユーモアにあふれ、医師や先輩ママたちの談話付きで書かれている。内容も具体的で参考になった。例えば、シャワーの湯気で気持ち悪くなるのも、フライドポテトが異様に食べたくなったのも、私だけではなかったことが分かった。セレブが書いた妊婦本で驚いたのは、「入院中はきちんと化粧ができず病院関係者の前で恥ずかしい思いをしないで済むように、事前にまつげにパーマをかけておくように」といったほかの妊婦本ではまず入手できないような助言がたくさん載っていたことだった。そんなことを考える人がいるのか、と驚いた。極め付きは、出産中は「目を開けていきむこと」という下り。目をつむっていきんで出来たしわはとれないからだそうだ。守りたいものだが、自信がない。
1995年朝日新聞入社、34歳。前橋、福島総局、東京・名古屋本社学芸部などを経て、04年9月から東京本社文化グループに在籍。現在、第一子を出産し育休中。