軽度の切迫早産の入院だったので、1週間ぐらい安静にしていたら帰宅できるかなぁ、と思っていた。ところが、ちょっと階下のコインランドリーに行くだけでも具合が悪くなる始末で、結局出産までの約1カ月半、入院することになった。
ただ薬を飲んで寝ているだけなのだが、入院は初めての経験。はじめは「入院」という言葉だけでうろたえたが、同様の切迫仲間のほか、ひどいつわりで点滴をしている人など、次第に知り合いも増え、おしゃべりをして励まし合った。
逆子もなかなか直らなかった。朝、目覚めると、今日こそ直っているのでは、と期待するのだが、下腹を蹴られてまたがっかり。逆子のまま出産になる人は妊婦の全体の5%ほどという。ギリギリに直る人がほとんどで、「お願いだから直ってね」と声をかけるとよい、と友人に言われ、お腹によく話しかけてみた。
赤ちゃんはどんどん大きくなる。お腹の上からさすると、「これは頭かな。お尻かな」と、何となく体の形がわかるようになった。小さな手で脇腹のあたりを内側からくすぐられ、ベッドの上で何度もヒャッヒャッと声を上げてしまった。トントントン。一定の間隔でお腹をよく蹴られた。こちらは、しゃっくりらしい。
産科病棟なので、夜になるとかわいい赤ちゃんの泣き声がどこからともなく聞こえてくる。新しい命の誕生はいいものだなぁ。心があたたかくなった。入院の間にハロウィーンを迎えた。仮装した看護師さんたちと一緒に魔女のマントを羽織り、とんがり帽子とほうきを片手に記念撮影をしたことも楽しい思い出となった。
帝王切開の予定日は34週に入って決めることになっていた。手術日は、臨月に入る38週。そろそろ逆子が直ってくれないと困ると思いつつ、結局直らず。あっさり手術日が決まった。そ、そんな。自然分娩する気満々で、それだけを考えてきた私はまた、うろたえた。帝王切開は全くの予想外。まさか、私が5%に入るなんて。病院も、自然分娩を大前提に探してきたのに。東京の主治医から、「30代に入ってからのお産は順調に行かない確率が高くなる」と言われたことを思い出した。
手術日が近づくにつれ、不安が増していった。極度の心配性の私は「切腹はいやじゃあ〜」と、友人にメールを出しまくり、たくさん励ましてもらった。本当にありがたかった。
帝王切開についてはまったく調べてこなかったので、あわてて調べてみると、術式も色々あるらしい。一般的なのが部分麻酔で、全身麻酔の場合もある。横に切るケースと、縦に切るケース。縦は緊急の場合が多いらしい。私が入院していた病院は全身麻酔で、予定帝王の場合は横が多いようだった。全身麻酔は血液に麻酔が入るので、赤ちゃんに影響がないかと不安だったが、担当医に確認すると、赤ちゃんはすぐに出てくるので大丈夫とのこと。別の病院に勤務していた時に手がけていた部分麻酔は、まれに効かない人がいて大変だったそうだ。
病棟で知り合いになったママさんたちと話してみると、お産はみなそれぞれ。なかなか子宮口が開かず、陣痛を耐えたのに結局、緊急帝王切開になった人、自然分娩でも、産道が傷ついて大量出血して縫った人。お産って命がけなんだ。ジワジワと実感が湧いてきた。未明にガラガラとストレッチャーの音がすると、「頑張れ!無事の出産となりますように」と思わず祈った。
とうとう手術日の前日を迎えた。淡い期待を胸に、最後の診察でベッドに横たわる。超音波をあてた医師と一緒に画面をのぞくが、逆子は最後まで直らなかった。こんなにお願いしているのに頭の位置を変えないなんて、すごいきかん坊なのかしら。担当医に聞くと、「私にも子どもが3人いますが、みな言うことを聞いてくれませんよ」と笑われた。
直前になって、予定の部屋を用意できないという話も聞かされ、また不安に駆られた。出産ラッシュで希望した部屋に入るのが難しいという。せめてトイレ付きの部屋を頼んだが、それも厳しく、術後に部屋を移るかもしれないとのこと。お腹を切られた後に動くと痛いのではと心配したが、運良く希望に近い部屋が空き、前日に移動できた。母が手伝いにきてくれ、動けなくなる前にいろいろ準備を整えて、当日を迎えた。
1995年朝日新聞入社、34歳。前橋、福島総局、東京・名古屋本社学芸部などを経て、04年9月から東京本社文化グループに在籍。現在、第一子を出産し育休中。