ちぃちぃを抱えて、母乳外来のある総合病院に着いたのが、約束の午前11時の5分前。あわてて、初診の受け付けを済ませて、階段をかけあがった。
窓口の看護師さんに「先ほど電話をしたものですが」と母乳指導の助産師さんに取り次いでもらった。ちぃちぃは空腹の限界で、ずっと大泣きしている。「もうすぐおっぱいあげるからね」と話しかけながら、抱っこしてゆすってやった。
部屋に通され、まずちぃちぃの体重を測定する。その後、授乳をいつものようにしてみてと助産師さんに言われた。ところが、ベッドの位置が高くて、いつものように抱っこしながら授乳することができない。仕方がないので、ベッドに寝かせて私が覆いかぶさるようにしてあげてみる。空腹すぎて、大泣きしているので、なかなか飲んでくれない。人見知りもしているようだ。助産師さんが、何度か、ちぃちぃに深くおっぱいをくわえさせようとするが、そのたびに号泣するので、助産師さんは「私は部屋を出るので、飲み終えたら教えてください」と言って出て行った。
四苦八苦しながら、何とか授乳してみたが、いつものようにスムーズに飲ませることはできなかった。体重計で再び測定してみると、100グラム増えていた。助産師さんに、数字を報告する。
「悪くないですね。もっとおっぱい出ない人は出ないから。生理が再開していても、それだけ出るなら問題ないですよ。ミルクより、離乳食をそろそろ始めてみて」と教えてくれた。インターネット上の情報によると、生理が始まるとおっぱいが出なくなってくるようだ。実は2カ月ほど前から生理が始まっていたので、とても不安になっていたのだ。
助産師さんによると、ちぃちぃは「おっぱいストライキ」を起こしていたらしい。全身に窮屈なベルトを装着されて、ストレスを感じていたようだ。私もお世話の疲れから、母乳の出が悪くなっていた。装具を装着してから1カ月近くは、あまり抱っこしてはいけなかったため、おしゃぶりを多用していたが、これもいけなかったらしい。ちぃちぃはあまりにもおしゃぶりを吸い過ぎて、ゴムの乳首とおっぱいを混同してしまったようだ。
助産師さんは、「母乳育児をする場合、おしゃぶりやほにゅう瓶は生後3カ月までは使わないよう指導しています。ゴムの乳首の方が吸うのが楽だから、赤ちゃんがおっぱいを吸わなくなってしまうんです」と教えてくれた。とはいえ、体を自由に動かすことのできないちぃちぃの心の安定剤となっているおしゃぶりを、きっぱりやめてしまうことは難しい。おしゃぶりがないと機嫌が悪くなるので、お世話をする方も大変になるけれど、以前より使う頻度を抑えることにした。おしゃぶりとおっぱいのバランスのとり方は難しく、今も試行錯誤が続いている。
赤ちゃんの体重の増加が鈍ってしまうことはよくあることだそうだ。確かに、これまでちょっと栄養不足ではあったけれど、これから体重曲線を落とさないよう気をつけていけば大丈夫ですよと、励まされた。「おっぱいはちゃんと十分出ていますよ」と背中を押してもらったことで、どれだけ気持ちが楽になったことか。行きは不安で張りつめていた心が、帰りは希望と安堵であったかく満たされていた。
帰宅して、抱っこした体勢の授乳を見直してみると、ちぃちぃの肩にベルトが食い込んでつらそうなことがわかった。それで、くわえたおっぱいをすぐに離していたのかもしれない。そんなことにも気づいてやれず、申し訳ない気持ちになった。腕や手がしびれて痛くなるけれど、寝かせたまま覆いかぶさるようにして、授乳することにした。
授乳間隔も2時間ごとに縮めてみることにした。まるで新生児のときのようだが、少しでもたくさん飲んで栄養をとってもらえればと思い、試してみた。すると、飲んでくれるではないか。ちぃちぃが嫌がらない限り、昼夜問わず飲ませることにした。
離乳食も始めた。最初は10倍がゆからスタートしてみた。ちぃちぃは食べるのが好きみたいだ。ミカンやメロンなども搾ってあげると、おいしそうに飲んでいる。授乳回数を増やし、毎日午前10時ごろに離乳食をあげ続けたところ、2週間で体重が少し上向いてきた。
1995年朝日新聞入社、34歳。前橋、福島総局、東京・名古屋本社学芸部などを経て、04年9月から東京本社文化グループに在籍。現在、第一子を出産し育休中。
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