ちぃちぃに子守歌を聴かせようと、生まれたてのころは、自らの音痴ぶりを顧みず、一生懸命、自らの子どものころの記憶をたぐりよせて歌っていた。最初は私の音痴がうつるといけないから歌うのはどうしようかと迷ったが、育児書によると大丈夫らしい。はじめは外れた音程で子どもも覚えてしまうが、だからといって子どもも音痴になってしまうわけではないという。それよりも、母親の歌声が一番と書いてあったので、気にしないでたくさん歌ってあげようと思い直すことにした。
だが、まもなくネタ枯れを起こし、何となく耳に残っているメロディーを歌ってやるようになった。正確に言うと、歌ってやるというよりは、歌えるところの歌詞は歌い、あとは適当にフンフン音を出しているだけだ。気がつくと、テレビでよく流れるCMソングばかりになっていた。しかも、どういうわけか生命保険のものが多い。夫は情操教育によくないから、コマーシャルの歌はやめるよう訴えた。それでも、なかなか思いつかないし、つい歌ってしまう。それだけ頭に残りやすいということでもある。CMというのはよくできているものだなあと、改めて感心してしまった。
何か音楽をと思い、携帯にインストールされている着信音の色々なメロディーを聴かせてもみた。ハリウッド映画のテーマ曲やディズニーの曲などがちぃちぃのお気に入り。音楽に合わせて体を動かしてやると楽しいらしい。それだけではもたないので、とうとう歌を自作するようになった。
オムツ換えの時の歌は「お尻きれきれ〜、お尻きれきれ〜、お尻きれきれしっまっしょ」。そして、お尻をふき終えたら「さっぱぁりさぁ〜ん」と歌う。お散歩に出かける前の歌は「おさんぽぉ〜、おさんぽぉ〜、ラララランララ、ランラン」。お散歩中歩いているときの歌は「タン、タタン。タン、タタン、タンタタン、タンッタンッ」。お風呂に入る前の歌は「お風呂だよっ、ちぃさん」。
いずれも、他人が聴くとちょっと調子外れで、歌というにはほど遠いできだ。夫いわく、特に散歩中の歌は意味不明な上、ひたすら「タン、タン」言いながら歩いている様子はほかの通行人からするとちょっとおかしな人に見えるのでやめた方がよいのではないかという。だが、日々の生活のリズムづけとして歌い続けていたら、ちぃちぃも次は何が起こるのか分かってきたようだ。特にちぃちぃはお散歩が好きなので、出発前の歌を聴くと満面の笑みを浮かべ、手足をバタバタさせて喜びを表現するようになった。
音楽も聴かせてあげたいと思ったのだけれど、我が家にはステレオがない。必要最低限の電化製品しかない家だったので、出産を機に、先輩ママの助言のもとに、炊飯器、全自動洗濯乾燥機、電子レンジを購入。毎日大活躍しているのだが、音楽を聴く手段と言えば、景品でもらったラジオしかない。仕方がないので、居間に小さなラジオを持ってきて、チューナーを調節してみる。すると、ザーッという雑音に混じって音楽が流れてきた。
邦楽や洋楽の最新のポップスなども流れてくるので、私もいい気分転換になり、心地よいので日中はラジオをつけることが多くなった。ノリのよい曲が流れると、ちぃちぃを抱っこして一緒に踊ってみたりする。ちぃちぃは訳が分からないようだが、楽しそうではある。
そんなある日、夫が「ちぃちぃにちゃんとした音楽を聴かせてあげなくては」と、キャンペーン中だったステレオを買って来てくれた。このままでは、ちぃちぃがひどい音痴になってしまうと危惧していたようだ。実は母も心配していたらしい。家を訪ねて来てくれたときにステレオを見かけ、「あら、いいものが来たのね。よかったあ。携帯電話の電子音だけではねえ」と言う。
そうだったのか。そんなに周囲が気をもんでいたとは。とはいえ、せっかくきれいな音の出るステレオが来たので、私もちぃちぃのために童謡がたくさん入っているCDを買いに走り、毎日、かけてやった。ちぃちぃのお気に入りの歌が何曲もでき、私も歌のレパートリーが自然と増えた。だが、増えたのは私だけではなかった。夫も同僚と出かけたカラオケで「鬼のパンツはいいパンツ。強いぞぉ、強いぞぉ」と歌っていたらしい。CDの曲は短縮バージョンだったため、カラオケでは戸惑ってしまったそうだ。
1995年朝日新聞入社、34歳。前橋、福島総局、東京・名古屋本社学芸部などを経て、04年9月から東京本社文化グループに在籍。現在、第一子を出産し育休中。
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