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盲導犬、介助犬、聴導犬を連れた障害者が施設や店などに出入りする権利を保障する「身体障害者補助犬法」が10月1日、完全施行される。昨年秋に施行された同法は、これまで公的施設が対象だったが、飲食店やホテルなど民間施設にも広げられる。「法律を広く知ってもらい、補助犬への正しい理解を進めることが大切」と関係機関では、さまざまな取り組みを始めている。(社会部・山本桐栄)
○「盲導犬は目」歩いて実感 ハーネス介し信頼感/周囲のマナーも必要
「怖いっ」。あちこちで声がもれた。アイマスクをしながら、盲導犬の首の部分に取りつけられたコの字形の持ち手の「ハーネス」を握りながら参加者は歩いた。
9月20、21の両日、神奈川県箱根町のホテルを会場に開かれたイベント「盲導犬と歩こう」(主催・文芸春秋、協力・関西盲導犬協会、日本盲導犬協会)での光景だ。
犬との触れ合いをきっかけに障害者の暮らしやすい環境を考えようと開いた。参加したのは、応募して選ばれた親子や友人同士らの17組34人。盲導犬を連れて歩く体験や、犬のトレーニングの見学をしたほか、視覚障害者らの話を聞いた。
初日は、7歳のとき、病気が原因で失明した東京都練馬区の大学生坂上智恵さん(29)が体験を話し、参加者と交流した。黒いラブラドルレトリーバーの盲導犬「クアトル」を連れてきた。
「白いつえで歩いていた時は知らない道には行きたくないと思っていたけれど、盲導犬と一緒になって『この角を曲がってみよう』と思うようになった」
障害物の置かれた大広間を坂上さんとクアトルが歩いた。坂上さんの体の幅を考えて障害物をよけて導く。坂上さんに「グーッド」とほめられ、くりくりとした目でじっと見上げるクアトルに大きな拍手が起こった。
その後、講師を務める盲導犬訓練士の多和田悟さん(50)が、盲導犬を連れた人と出会ったときのマナーを話した。
多和田さんは日本でただ一人の、国際盲導犬学校連盟査察員(アセッサー)でもある。世界の盲導犬育成機関をチェックするのが役割だ。盲導犬の訓練では「魔術師」ともいわれる。
犬好きの人は、相手に断りなしに盲導犬に触ろうとすることがよくあるが、多和田さんは、盲導犬は相手の目であることを説明。「触るのがいけないのではなく、相手に触ってもいいか尋ねて下さい。見えない人の目を盗まないで欲しい」と話した。
盲導犬を連れてホテル内で歩く体験をしたのは2日目だ。参加者は全員が一人一人、アイマスクをして、障害物として置かれたついたてを避けたり、角を曲がったりして約20メートルを往復した。
東京都武蔵野市の唐沢理恵さん(42)は「壁にぶつかりそうで怖かった。犬を信頼していないととても歩けない。やってみないと分からないものですね」と話した。
全員が体験した後、多和田さんが「大人はおどおどと腰が引けるでしょ。こけたら格好悪いと思うから子供より余計に怖いんですよ」と身ぶりを入れて話すと笑いが起こった。
夏休みの自由研究のテーマに盲導犬を選んだ川崎市の半沢由紀子さん(12)は犬が大好きだ。海外生活体験などをニコニコと話す坂上さんが印象に残ったという。「見えない人はかわいそうだなと思っていたけど、ちょっと間違ってた」
大学で福祉を学ぶ東京都練馬区の加藤真優さん(20)と、横浜市の菊田涼佳さん(20)は真剣な表情でメモをとって聞いていた。障害者本人のことを一番に考えるという基本を忘れてはいけないと改めて感じたという。2人とも「今回の経験は、どの福祉にも共通する優しさの大切さを学べた」と言った。
○受け入れ側に戸惑い 「不安ある」コンビニの6割/拒否多い飲食店
専門家によると、米国やオーストラリアでは障害者差別を禁止する法律などで、補助犬を使う人がどこにでも出入りできる権利は保障されている。法律がなかったのは先進国では珍しいという。どこまで法の趣旨は浸透するのか。受け入れ側への浸透はまだ十分ではないのが実情だ。
法の完全施行にちなんで9月21日に東京で開かれた「補助犬法推進シンポジウム」では、日本盲導犬協会が今年8月下旬〜9月中旬に、盲導犬を使う視覚障害者と、受け入れ側の双方に実施したアンケート結果が報告された。
回答を得た視覚障害者約240人のうち、飲食店、ホテルなどに入ろうとして、犬の同伴を断られたことがある人は約8割にのぼった。
受け入れ側は、コンビニエンスストアを対象にした。回答のあった店員約1500人のうち、法の完全施行の内容を知っている人は、ほぼ3人に1人。補助犬同伴者の受け入れに不安があるとしたのは約6割に上った。不安な点の理由は「犬の扱い方がわからない」「ほかの客に迷惑になる」が多かった。
このアンケートとは別に、同協会が9月、東京都内の街頭で市民約100人から回答を得たアンケートでは、「不安がない」という人が9割近かった。
飲食店などを利用する市民の多くが「不安はない」という点と、業者側の意識の違いについて、同協会は「受け入れ側が分かっていない点もあるのでは」という。
東京都調布市の全日本盲導犬使用者の会会長清水和行さん(42)は「私たち自身も、法律ができたからといってそれを笠に着るのではなく、自立した大人としてマナーを守り、互いに共に生きるという立場をつくっていかないとならない」と話している。
この法は、盲導犬だけでなく身体の不自由な人が使う介助犬や、聴覚障害者が使う聴導犬にも適用される。
15年前、日本で初めて介助犬を使い始めた神奈川県厚木市の手足が不自由な清水れい子さん(44)は、新幹線で広島に行こうとしてJR3社の乗車テストを受け、合格しなければ乗れなかった経験がある。昨年の法施行後は、行きたいところに行けるようになったという。
完全施行を前に課題を残しながらも、こんな実感も広がっている。
日本盲導犬協会では、補助犬の使用者、受け入れ側の不安に答える相談窓口「SOSアドレス」(hojokenhou-sos@jgda.or.jp)を設けている。
◇民間施設も対象に
身体障害者補助犬は、身障者を補助するため訓練され認定を受けた犬。視覚障害者の盲導犬、肢体不自由者の介助犬、聴覚障害者の聴導犬を指す。厚生労働省によると、現在盲導犬は927頭、介助犬は37頭、聴導犬15頭(介助犬、聴導犬は認定予定の暫定犬を含む)。
補助犬法は、身体障害者補助犬の訓練事業者や使用者の義務を定める。身障者が公共的施設や公共交通機関などを利用する際、受け入れ側が身障者補助犬の同伴を拒否できないよう定めた法律。罰則規定はない。02年10月に施行。03年10月からの完全施行でレストラン、ホテル、デパートなど民間施設にも対象が広げられる。
●拒む人なくし十分な活用を 盲導犬訓練士の多和田悟さんに聞く
箱根でのイベントで講師を務めた多和田悟さんに、身障者補助犬法完全施行について聞いた。
盲導犬の訓練士になって約30年。かつては調教するという考え方でした。それが70年代の後半になって、訓練になり教育へと変わっていった。
「調教」時代は、目の見えない人の立場ではなく、育てる側の論理で訓練していました。
私もかつては、犬を厳しく訓練し、無理に盲導犬としていた。でも、それはおかしいと思い始めた。盲導犬になるために生まれたような適性を持つ犬がいるのです。そういう犬を、まず見つけることが大切だとわかった。訓練ではひもを引っ張るなど、厳しくする必要はありません。
それは盲導犬を実際に使う人の立場に立つということにつながります。人間がどう使いたいかを考えるのが原点なんです。私が育て、本やドラマのモデルになった盲導犬「クイール」は実は全く目立たなかった。でも、素直で退屈が嫌にならない性格でした。そんな犬が、とてもいい盲導犬になったのです。
身障者補助犬法が完全施行されることは大きな進歩です。ただ、社会から拒否される人間がなくならない限り、この法が十分に活用される土台はできないと思います。
「犬はちょっと……」と断る飲食店の人は、おなかをすかせた1人の人間を拒否していることに気づいてほしい。食事をするのは、犬じゃなくて人間なんです。
◆活躍の実話、本にドラマに 来春には映画化も
子どもたちをはじめ、多くの人たちが盲導犬を知るきっかけとなったのが、ラブラドルレトリーバーの盲導犬クイールの実話だ。
クイールは88年から2年、盲導犬として京都府の視覚障害者の男性と共に過ごした。男性が病気で亡くなって以降、盲導犬の普及イベントで学校を訪れるなど広報活動で活躍し、98年に12歳で死亡した。白い体の脇腹にカモメが飛んでいるような黒っぽい模様があったことなどから英語で「大きな羽」を意味する「クイール」という名前がついた。
この実話は「盲導犬クイールの一生」(文芸春秋刊)にまとめられている。
適性を持った親犬から繁殖させる「生ませの親」、約10カ月間子犬の面倒を見る「育ての親」、訓練をする「しつけの親」。クイールを温かく見守り、逆にクイールに力づけられたさまざまな人とのふれあいが描かれている。
本は01年4月に発行され、約75万部が売れた。シリーズ本も発行されている。同書を原作にしたテレビドラマも放映され、来春には映画も公開される予定だ。箱根であったイベントでも、「クイールを読んで盲導犬に興味を持った」という小学生の声も聞かれた。
(朝日新聞東京本社発行 10月1日付朝刊)
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