 |
原口浩志さんの靴を手にする妻の佳代さん=3日、兵庫県川西市で、日吉健吾撮影 |
 |
木下和哉さんの財布に入っていた、曲がった10円玉。千円札も破れていた=4日、兵庫県三田市で、上田幸一撮影 |
 |
母・順子さんの手に戻った福田和樹さんの学生証と学生手帳=3日、兵庫県宝塚市で、市原研吾撮影 |
家族は突然帰らぬ人となり、「物」だけが返ってきた。黒ずんだ財布、つながらなかった携帯電話、「9時18分」を指したままの時計。兵庫県尼崎市のJR宝塚線(福知山線)で起きた脱線事故で、持ち主の最期を見届けた品々が、後に残された人の胸を締め付ける。
先頭車両から一番最後に見つかった近畿大3年の木下和哉さん(22)=同県三田市=の財布は、黒ずんでいた。中からぐにゃりと曲がった10円玉、運転免許証、学生証、お守り、期限切れの散髪屋の割引券などが出てきた。
JRの社員が自宅に届けてきた4月29日夜、母ひとみさん(48)は風呂場でお湯をかけ、何度もごしごしこすった。
ぼろぼろの財布を見かねて、去年3月、息子の21歳の誕生日に買ってやったブランド品。「洗っても洗っても事故のにおいが取れへん」。黒い水は機械油か、息子の血なのか。腹立たしかった。
■
その朝、同県川西市の会社員原口浩志さん(45)は黒のスーツに黒の革靴をはき、いつものように妻佳代さん(45)と軽くキスをして、家を出た。返ってきた革靴の左足の方には、乾いた血がはり付いていた。
バッグには手つかずの弁当箱。上着の内ポケットに入っていた携帯電話には、傷がなかった。事故後、何度もかけたがつながらなかった。調べたら、着信履歴も残っていなかった。
夫は先頭車両に乗る時はよく運転席の真後ろに立ち、前の景色を見ていた。近くの優先席に気を使い、決まって電源を切ることも知っていた。
■
同県西宮市の主婦川口初枝さん(48)の夫(48)は、妻の肩掛けバッグの底に茶色っぽい髪の毛を見つけた。1本ずつ取り出し、二十数本をポリ袋に集めた。葬儀の時は、髪を形見に残すことまで頭が回らなかった。「大切に持っておきたい」
■
「2005年4月1日発行」。龍谷大学の学生証は、今もつやつやとした光沢を放つ。同県宝塚市の福田和樹さん(18)は、同大学の理工学部に入学したばかりだった。学生手帳には、曜日ごとの時間割りと教室が自筆で記されている。25日間の大学生生活。「これからやったのに」と、母順子さん(49)は悔やんだ。
■
川西市の四家圭二郎さん(53)は1日、遺品の保管場所になっているJR尼崎駅南口のビルを訪れた。長男の甲南大4年、高志さん(21)は、リクルートスーツを着込み、大阪の会社説明会に向かっていた。
ひしゃげたMDプレーヤー、金属製のバンドがもぎ取れた腕時計。針は「9時18分」で止まっていた。「持ち帰っても母さんが悲しむだけ」。見ただけで引き取らなかった。
4日には電車が突っ込んだマンション地下部分の現場検証が始まり、乗客の携帯電話や眼鏡などが新たに見つかった。JR西日本によると6日現在、回収した乗客の所持品は約1710点。うち約700点が所有者らに返却された。
(朝日新聞東京本社発行 5月7日付朝刊)