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ジャワ地震、死者3000人に M6.3、20万人が家失う

2006年06月02日

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がれきの下で、母親の腕の中で見つかった赤ちゃん。倒壊した自宅の前で祖母が抱いていた=30日午後、インドネシア・バントゥル県で、高橋正徳撮影

■ジャワ地震、死者3000人に M6.3、20万人が家失う

インドネシア・ジャワ島中部で27日発生した地震による死者は、AP通信によると少なくとも3068人にのぼった。数千人が負傷しており、死者数はまだ増える可能性がある。国際赤十字は約20万人が家を失ったとみており、インドネシアのユドヨノ大統領は捜索・救難のため軍の派遣を命じる一方、閣僚らとともに現地入りした。

●あふれる負傷者、子が友が「絶望」

 大地震の被災地、ジョクジャカルタに27日夜、記者は入った。人口約46万の市内のあちこちで家屋が倒壊、停電が続き、信号も消えたままだ。がれきの下の生存者を救い出そうと、車のヘッドライトを頼りに懸命に作業が続いていた。

 市中心部のバテスダ病院には、1000人近い死傷者が運び込まれた。同日午後8時(日本時間同10時)までに98人が息を引き取った。

 4階建て病院のロビーや待合室にも患者が横たわり、足の踏み場もない。時折、患者の泣き叫ぶ声が廊下に響く。床には血のりがべったりつき、地震で壊れた病院の備品や資材はそのまま放置されている。病院の外にはテントが張られ、軽傷の患者たちが身を横たえていた。

 被害が最大の市南部バントゥル地区の雑貨店主ワルノさん(52)の姉宅からは3人の遺体が運び出されたが、子ども1人が埋まったままだ。「もう何の音もしない。絶望だろう。ほかにも友人が埋まったままだが、救助はやってこない。人の手でがれきをどけるのは無理だ」と肩を落とした。

 崩れ落ちてきた屋根で負傷した義理の姉を運んできた同地区のスギヤトさん(35)は「近所の知人15人が死んだ」と悲しんだ。

 市南部のカバラタン地区に住むブディさん(31)は「下から突き上げるような揺れに襲われ、天井が落ちてきた。近くの家はみな倒壊した。老人たちは中に閉じこめられたままだ」と話した。

 倒壊家屋の多くは、ジャワ島に多い瓦ぶきだった。多くの人が余震による倒壊を恐れ、屋外で寝ている。市南部は全体で停電が続き、明かりがないため、たき火でしのいでいる人も多い。

    ◇

 在ジャカルタ日本総領事館によると、ジョクジャカルタ特別州には日本人91人が居留、このうち85人の無事を確認した。日本外務省海外邦人安全課によると、同州内に住む30代後半の邦人女性が、落下物で頭部に軽傷を負ったとの情報も寄せられている。

 米地質調査所は地震の規模をマグニチュード(M)6.2から6.3に修正した。

 ○低い耐震性、被害が拡大

 ジャワ島中部で起こった地震は、米地質調査所によると、地下10キロと浅いところで起こった横ずれ断層型で、阪神大震災と同じタイプだ。

 地震の規模はマグニチュード(M)6.3で、阪神大震災(M7.3)の30分の1程度。東京大地震研究所の都司嘉宣・助教授によると、今回の震源付近では1950年と58年にもM6.5前後の地震が起こった。

 ジャワ島沖にはスンダ海溝があり、地球を覆うプレート(岩板)の一つであるインド・オーストラリアプレートが、島の下に向かって沈みこんでいる。スンダ海溝沿いでは、04年や05年のスマトラ島沖地震のようなM8〜9級のプレート境界型の巨大地震が起こる。それより規模の小さい今回の地震は、プレートの沈みこみに伴って地殻を圧縮する力が働き、引き起こされた地殻内の地震とみられる。

 規模の割に被害が大きくなったのは、「耐震性の低い建物が多いため」と阿部勝征・同研究所教授は話す。92年に1700人以上が死んだインドネシア東部フローレス島の地震後に現地を調べ、強度の不足したれんが積みの建物の被害を見た経験があるためだ。

 今回の震源近くには、活発な噴火を続けるムラピ山をはじめ、火山が多い。都司助教授は「火山性の不安定な斜面は、土砂崩れを起こしやすく、被害を大きくした可能性もある」と指摘する。

(5月28日付け朝刊1面)

■がれき下の母、我が子守った ジャワ島地震

 地震に襲われたジャワ島中部のチャンレン村で、がれきの下から奇跡的に救出された生後8日の男の赤ちゃんが元気に育っている。母親は崩れ落ちるれんがから赤ちゃんを守って力尽きた。

 赤ちゃんは今月22日、県立病院で生まれた。母親のスリー・ムルヤニーさん(28)は初産だった。地震前日の26日に退院し、名前はまだつけていなかった。

 父親のレナン・トリ・スジョノさん(27)が洗濯のため外に出た時、地面が大きく揺れた。目の前でれんが造りの家が崩れ落ちた。村の人たちと母親の名を呼びながら、がれきを手で取り除いた。1時間ほどして、ベッドの上で右肩を上にして横になっている母親が見つかった。鼻の穴と口の中に土砂が入り、息はなかった。右腕でつくった空間の中に、赤ちゃんがいた。

 赤ちゃんも白いほこりにまみれて目を閉じ、最初は動かなかった。親類がコップの水を口にふくませた途端、顔をしかめて泣き始めた。どこもけがをしていなかった。母親は胸元をはだけていた。授乳中に地震に襲われたらしい。

 赤ちゃんの名前は、古いジャワ語で「ジャンクン(生きる)・プラボワオ(神から授かった力)」。祖父がつけた。

(5月31日付け朝刊第1社会面)


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