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肥後守(ひごのかみ) 団塊世代に人気再燃

2008年11月5日

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写真手入れを怠らなければ一生モノという

 名前を聞いて、郷愁を覚えるなら、もうかなり齢(よわい)を重ねた世代かもしれない。

 鉛筆を削るだけでなく、竹とんぼを作ったり、柿をむいたりと、遊びにも欠かせなかった。かつてはどの子どもの筆入れにも1本あった折り畳み式ナイフだ。

 「肥後守」という名自体は登録商標で、金物の町として知られる兵庫県三木市の業者組合員だけが使える。手のひらに収まるサイズ、親指ひとつで開く単純な構造、手頃な値段で全国に広がり、最盛期の1950年ごろは、約40業者が月に100万丁を生産したという。だが、いまは作っているのは1軒のみだ。

 粗悪な模造品が出回ったこともあるが、60年の社会党委員長刺殺事件などで刃物追放の動きが広がり、出荷が激減。鉛筆削り器の普及も追い打ちをかけた。最後に残った「永尾駒製作所」4代目の永尾元佑さん(75)は「子どもからいっさい刃物を遠ざける動きが進んだ。今でも悲惨な事件があると、注文がぐんと減る」。

 ただ、団塊世代を中心に、この10年ほど、人気を盛り返している。永尾さんの製法は昔ながらのもの。800度で加熱した鋼を何度もたたき、研ぎ、日本刀のように鍛え上げる。一本一本手作りの職人技が、子ども時代の思い出とともに見直されているようだ。

 教育現場でも復活の動きがある。長野県池田町の会染(あいそめ)小学校では毎年、新入生全員に肥後守を贈り、6年生が1年生に使い方を教える時間を設けている。「議論はあるだろうが、刃物の性質と正しい使い方を教えるのも教育。これまで人を傷つけた子はいません」と西網民雄校長(58)。この伝統は25年目という。(石川智也)

 ●手作りで1日200本

 兵庫県が生産地なのに、なぜ「肥後」なのか。「明治40年ごろ、金物商が九州から持ち帰った小刀を参考に製品を改良したから」「取引先の多くが熊本だったことから」など諸説ある。明治末期に商標登録されたという。

 いまや唯一の生産元となった永尾駒製作所(0794・82・1566)では、1日約200本を作る。鋼を割り込んだ刃のタイプの製品は1500〜1万円。「今後も肥後守が残るかは分からないが、体が動く限り現役で作り続けたい」と永尾さん。5代目は決まっていないという。

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