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チャレンジ!中学入試問題

歴史は、各時代の庶民の「暮らし」に要注目!

2008年04月05日

 歴史は、各時代の庶民の暮らしが問われることがあります。今回紹介した問題のほかにも、奈良時代の税の負担、鎌倉時代以降の農業技術、室町時代に生まれた文化などが出題されます。

表

算数の問題につく表

(四谷大塚 社会科)

【算数】

 小川さんは自宅から博物館(はくぶつかん)まで行く方法を調べました。その結果、左の表のようにかかる時間と料金が分かりました。各駅で乗り物に乗るときは、10分間の待ち時間がかかるものとして、自宅から博物館(はくぶつかん)まで行くとき、次の問いに答えなさい。

 (1)一番料金がかからないで行く方法を考えました。かかる料金を答えなさい。

 (2)一番時間がかからないで行く方法を考えました。出発してから到着するまでにかかる時間を答えなさい。また、その方法を考えて、次の( )に、矢印(→)と駅名を入れて答えなさい。

 「家→A→(  )→博物館」

 (07年度 東京学芸大学付属世田谷中学校から)

【国語】

〈1〉次の漢字について、示されたもの以外の音読みをカタカナで書きなさい。

 (1)色(ショク) (2)子(シ) (3)去(キョ) (4)漁(リョウ) (5)直(チョク)(6)金(キン)  (7)石(セキ)(8)定(テイ) (9)競(キョウ) (10)男(ダン)

 (07年度 関西学院中学部から)

〈2〉次の「 」の漢字の音がことなる熟語を作りなさい。解答は、例にならってあとの漢字から選び記号で答えなさい。

 〔例〕成功−成□ 〔答〕ア

 1 「便」利−「便」□ 2 規「模」−「模」□ 3 無「言」−□「言」4 「文」様−「文」□ 5 「合」格−「合」□

 ア 就 イ 宿 ウ 士 エ 句 オ 失 カ 同 キ 散 ク 型 ケ 乗コ 伝

 (97年度 慶応義塾中等部から)

【理科】

 川崎市の畑でジャガイモを育て、観察を行うことにしました。次の問いに答えなさい。

 問 くきが太く、葉もよくしげったころ、イモの収穫(しゅうかく)を行いました。これについて、次の文中の(1)〜(7)にあてはまる言葉を答えなさい。

 種イモと、たくさんできた子イモを比べると、<(1)>イモの方がかたかった。また、それぞれを半分に切って、切り口に<(2)>をつけてみたところ、<(3)>イモの方が青紫色が濃く出た。このことから、イモは仲間を増やすための養分である<(4)>をたくわえる場所であることがわかった。ジャガイモの他にサトイモやレンコンは、地中の<(5)>に養分をたくわえ、サツマイモやダイコン、ニンジンは、<(6)>に養分をたくわえる。しかし、イネやトウモロコシなど多くの植物は、種子の中の<(7)>に養分をたくわえることが知られている。

 (06年度 桐光学園中学校から)

【社会】

 江戸時代の農民の生活について説明した次の文のうち、あやまっているものを一つ選び番号で答えなさい。

 1.五人組をつくり、年貢(ねんぐ)を納めたり犯罪について連帯責任を負ったりした。

 2.土地の売り買いを禁止したり、分けて継(つ)がせることを制限したりしていた。

 3.町人になったり、居住地をかえたりすることは許されていなかった。

 4.名主(なぬし)や庄屋(しょうや)と呼ばれた幕府や藩(はん)の武士によって厳(きび)しく支配されていた。

 (07年度 豊島岡女子学園中学校から)

 ※問題文は原文と一部異なる場合があります。

◆解答と解説

【算数】

(1)料金が一番安いのは、家→A→C→E→博物館で、かかる料金は120+90=210(円)。(2)DかEまで乗り換えが少ないものを考える。その中で最短は、家→A→C→D→博物館で、かかる時間は7+18+10+4+10×2=59(分)。

【国語】

〈1〉(1)シキ (2)ス (3)コ (4)ギョ (5)ジキ (6)コン (7)シャク(コク) (8)ジョウ (9)ケイ (10)ナン〈2〉1ケ 2ク 3オ 4ウ 5イ

 音読みが二つ以上あるのは、その漢字が中国のどの地方からいつ伝わったかによって発音が異なるからで、奈良・平安時代の遣唐使などによって伝えられた発音を「漢音」、それ以前のを「呉音」、それ以降のを「唐宋音」という。

【理科】

(1)子 (2)ヨウ素液 (3)子 (4)でんぷん (5)くき (6)根 (7)胚乳(はいにゅう) ジャガイモは地中の茎に養分を蓄えている。ジャガイモは、種イモを植え種イモが含んでいるでんぷんを使って発芽する。発芽後、光合成が行われてつくられるでんぷんは、自らの成長に使われるだけでなく子イモに蓄えられ、子イモが種イモになる。

【社会】

答えは4。名主や庄屋は武士ではなく、本百姓(土地をもつ百姓)から選ばれた村役人であった。「農は納なり」といわれ、江戸時代、年貢米を確保するために、百姓の生活は細かく規制された。財政が苦しくなるとさらに重い年貢がかけられ、百姓が団結して一揆を起こすことも少なくなかった。百姓一揆は次第に増え、結果として幕府の支配をゆるがすことにもなった。

〈協力:四谷大塚〉

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