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中学校の歴史 聖徳太子はどんな顔?

2007年05月02日

聖徳太子といえば、冠位十二階や十七条の憲法を定めて内政を整え、遣隋使を派遣したとされる飛鳥時代のヒーローだ。ところが、よく知られたその名は後世につけられた「贈り名」で本名は別、肖像画もモデルが本人かどうか定かでない、という見方が主流だ。

 帝国書院や日本書籍新社などの中学の教科書でも「聖徳太子(厩戸皇子〈うまやどのおうじ〉)」や「厩戸皇子(聖徳太子)」と二つの名前を併記している。

 聖徳太子は、彼の死の約100年後に完成した「日本書紀」に「厩戸豊聡耳(とよとみみ)皇子」として記述されて登場、この「厩戸皇子」が本名とみられている。一方、「聖徳太子」の名は、亡くなった後に功績をたたえてつけられたという説が有力だ。

 1980年代半ばに福沢諭吉と代わるまで、四半世紀にわたって1万円札を飾った肖像画も、生存中のものではない。衣服や冠は半世紀以上も後の時代のもの。本人に似ているのかどうかわからない。東京書籍の中学歴史教科書の説明文は、「聖徳太子と伝えられる」と断定を避けている。また、この肖像画を載せていない教科書もある。

 帝国書院編集部の板谷越光昭さんは「歴史の見方は時代を経て変わることがあります。静止画ではなく、動きがあるものを見る感覚で、歴史をとらえることが必要です」と話す。

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